大井川通信

大井川あたりの事ども

くまちゃんと九太郎

臆病な九太郎は、僕がいるときしか二階には上がってこない。誰もいない二階で、どしんばたんと音を響かせて運動会をしていたはっちゃんとは、まるでちがう。

だから、座敷猫の九太郎は、一階のリビングやキッチンが中心の狭い世界の中で暮らしている。登場人物も、僕と妻と次男だけ。あとは、網戸の外の庭で鳴くスズメ。それから隣家のくまちゃんがいる。

昨年引っ越してきた隣家には、おそらく、くまちゃん、という真っ黒い座敷犬がいる。隣人がそう名前を呼ぶのを妻が聞いたそうだ。

隣家と我が家の勝手口は、低いフェンスをはさんで向かいあっていて、戸口の上下は網戸にもできるから、そこに顔を出すくまちゃんは、外を見てわんわん吠える。九太郎は、それを珍しそうに見ている、と妻が教えてくれた。

今日、くまちゃんは隣の家族が庭仕事をしているためか、庭に出してもらってうれしそうだ。戸口の前のフェンスのところに来て,わんわん吠えている。人の気配がないのに吠えるのは、きっと九太郎を呼んでいるのだろう。

九太郎は、くまちゃんの声を聞くと、戸口のそばに駆け寄ってから、身を低くしてゆっくりと網戸に近づいていく。くまちゃんはうろうろしながらしばらくわんわんやっていたが、九太郎が姿を見せてしばらくすると鳴くのをやめてしまった。

もうじき寒くなって網戸にすることもなくなったら、九太郎もきっとさみしくなるだろう。