大井川通信

大井川あたりの事ども

樹空(つづき)

樹空という言葉で思い出したもう一つの詩は、僕の好きな丸山薫の、詩集にも入っていない無名の詩「樹と少女」だ。長い詩なので、5連中の第3連のみ引用する。

 

或る夜ふけ なにかの声で/不意に眠りから呼び戻された/月があったので私は無灯で庭へおりた/一本の樹の下に歩みより/ふかぶかと隠されたその眠りの中を覗いた/まったく想ってもみなかった/なんと異様なかがやきだったことか!/繁りのすきまから無数の光が射しこんでいた/それらは乱反射し 眩めきの中を/幾条もの枝の岐れが白く天に向って駆け昇っていた/そうだ 枝の炎はねじれ上昇していたのだ/巨木でもないのに 梢は高くないのに/その先端は無辺際につながっていたのだ/樹はいま夢をみている!/樹の夢のさかんな光景に私は驚嘆した

 

この詩を知るようになってから、僕はよく繁った大きな樹をみると、木肌に顔を近づけて、幹の上の様子を探る習慣がついた。(しかし、まだ「樹の夢」らしきものに出会ったことはない)

我が家の門の脇には、樹齢二十数年の自慢のケヤキがある。朝晩見上げる幹の上部には、たっぷりと細かい葉をひたした緑の空間がある。きっとあれが樹空なのだろう。