大井川通信

大井川あたりの事ども

朔太郎の声

駒場公園にある日本近代文学館に初めて訪れる。吉祥寺図書館を見学して、そこにおいてあるチラシで、詩に関する企画展を開催していることを知ったからだ。早足で見れば、帰りの飛行機に間に合うだろう。

京王線駒場東大前駅でおりて、東大駒場キャンパスの中を歩く。この国で育った人間にとって、やはり東大は特別な存在だ。構内の燃えるような銀杏並木を歩いて、疲れていたけれど、少ししゃんとなる。

展示会では、橋、道、空などテーマ別に選ばれた詩と詩人の資料が展示されていたが、目当ては詩人の自作朗読を流している展示室だった。白秋に実篤、朔太郎、春夫、犀星、堀口大学、西脇、達治、虚子、釈迢空といった面々。こうした戦前に活躍したような詩人たちの音声が残されていることは意外だった。どの詩人も声を聞くと、なるほどという個性が感じられる。

中でも、息を飲んだのは、萩原朔太郎の朗読だった。「乃木坂倶楽部」「火」「沼澤地方」の三つ。どれも特別に好きな詩というわけではなかったが、なんといっても朔太郎の声だ。作品としては一番好きな「石のうへ」を朗読した三好達治の声にはたいして感激しなかったから、やはり僕には朔太郎が特別に大きな存在なのだろう。

老境に入ってややしわがれた、しかしちょっとやんちゃで投げやりにも聞こえる朗読は、いかにも朔太郎のイメージ通りのものだった。作中の「中」を「うち」と読んでいたのは覚えておこう。