大井川通信

大井川あたりの事ども

『螢川・泥の河』 宮本輝 1977

読書会の課題図書で、宮本輝(1947-)を初めて読む。

『泥の河』は、昭和30年の大阪を舞台にし、『螢川』は、昭和37年の富山を舞台にしている。いずれの作品でも、作者にとって地名と年号を明記することは大切で抜かすことのできないことだったのだろう。戦争の傷跡が残り、貧しさと自然と共同体とが生活に絡みついていた時代の記録だ。

読み終わって振り返ると、二作とも心に残るいい作品と思えたのだが、読み始めははかなりてこずった。『泥の河』では、8歳の主人公信雄の心象風景が、重厚な文学的レトリックで描かれているというギャップが気になったからだ。『螢川』では、多少描写もあっさりしていて、14歳の主人公竜夫の内面と釣り合いがとれた感じになっている。

両作品の舞台は泥の川と螢川(いたち川)である。生活の原形みたいなものを描こうとすると、やはり川というものが重要なのだろう。今でも旧集落を歩くと、人々の生活がもともと川を軸にして成り立っているのに気づく。

物語のクライマックスには、それぞれ「お化け鯉」と「螢の乱舞」という過剰な生命のイメージが登場する。川の流れという日常が時に生み出す超自然的な存在が、人々の生活を語りうるものとするための仕掛けとして重要になっている。

『螢川』で、重竜の弔いで訪問した先妻の春枝が、駅のホームで見送る竜夫に「おばちゃんのできることはなんでもしてあげる。また逢おうねぇ」と、前夫の子どもへの複雑な心情を爆発させる場面は心に刺さった。どの登場人物も、くっきりした輪郭を身にまとって生きているのだ。