大井川通信

大井川あたりの事ども

共通一次とセンター試験

年齢を重ねることのメリットの一つは、たんなる思い出話が「歴史的証言」になることだ。

若い人が数年前のことを話せば、それはたんなる個人の感想にすぎないだろう。しかし、50年前に新発売のトミカのミニカーを購入したという話なら、ちょっとした歴史的な価値があるような気もする。お年寄りが自堕落に昔話をくりかえす理由の一つは、この歴史的な価値への安易なもたれかかりにあるのかもしれない。自重しよう。

といいながら、今回も思い出話である。21年間続いた大学入試センター試験が今年で終了するそうだ。だからセンター試験の初回受験者だった有名人のインタビュー記事が新聞にのったりしている。

ふーんと、ちょっと自慢したい気持ちがもたげる。こちらは、その前の共通一次試験の世代だ。初回でこそないが、二回目の受験世代だぞ。

調べてみると、共通一次の期間は意外と短く、1979年から1989年までの11年間で、記憶通り僕の学年は1980年の二回目の受験組だ。とボルテージを上げてはみたものの、僕は実は共通一次は受けていない。受験逃亡組なのだ。

のんびりした都立校に通っていたのんびりした僕は、当然ながら受験勉強が遅れ勝ちになり高3の夏には、国公立を断念して私立一本に絞った。夏休み明け、数学の選択授業の先生に受講をやめるお願いにいった。本当は認められないんだけど・・・と話す温厚な先生の表情が記憶に残っている。

言い訳になるが、当時の受験生は7割が浪人するという時代で、家庭の経済事情を考えて浪人しないと決意していた僕は、予備校や進学校で受験技術を身につけた受験生たちと対等に戦うために、ぎりぎりの選択を強いられていたのだ。そのかいあって、第一志望に合格したものの、共通一次を回避したことはどこかで心残りになっていた。