大井川通信

大井川あたりの事ども

『丹下健三』 豊川斎赫 岩波新書 2016

僕はもともと古建築が好きだったのだが、社会人になってからは、近代以降の建築もぼちぼち見るようになった。

古建築は、様式が主役だ。寺院や神社などの宗教建築が中心で、建物の用途も限られている。様式を覚えることで、いっそう興味をもっておもしろく見ることができる。近現代建築はもっと複雑な要素で組み立てられているけれども、建築家という作者を知るというアプローチが素人にもわかりやすい。

今回、広島を訪ねて、丹下健三(1913-2005)と村野藤吾(1891-1984)という二人の建築家の建物を見ることも楽しみの一つだった。丹下の「広島平和記念資料館」と村野の「世界平和記念聖堂」だ。どちらも戦後建築にもかかわらず、重要文化財に指定されている。実際に見て、なるほどと思える魅力的な建物だった。漠然とだけれども、丹下の作品には強い精神性や意志を、村野の作品には、モノとしての魅力や豊かさを感じ取ることができた。

それで、帰ってから手元にある丹下健三についての新書を読んでみた。丹下だけでなく弟子たちも扱っており、戦後建築史といっていい内容だが、建築の形式の変遷を追うのではなく、あくまで建築家とその構想力に焦点を当てている本だ。

政治や経済などの時代状況のなかで、丹下たちは都市と建築を構想する。建築家たちの格闘は、時代の変遷とともに様々な姿を見せる。そこに筋道を見つけようという著者の記述は、細部にわたる専門的なもので、やや難しい。ただ建築家たちの実像を垣間見ることができたのは、貴重だった。