大井川通信

大井川あたりの事ども

月さすや碁をうつ人のうしろ迄

詩歌を読む読書会で、岩波文庫の『子規句集』をあつかう。正岡子規が生涯に残した2万句の中から、高浜虚子が2300句ほどを選んだ句集だが、その大半にさっと目を通すことになった。もしかしたら、僕が今までに目にした俳句の総数よりも、多かったかもしれない。

課題は自分なりの3句を選ぶというものだから、とても大変だろうと予想したが、意外にすんなりと決めることができた。

大半は季語や事物の知識がないために理解不能だから、あっさり落とすことができる。意味が取れる句の中でも、これは面白いとピンとくるものは、ごく少数になる。その少数のものだけを読み返してみて、初読よりも意味や世界のふくらみが感じられる句は、ほんのいくつかになってしまうのだ。なじみのある有名な句は、公平に判断できないので除外することにする。

冒頭の句は、その中で僕が一番に選んだもの。明るい月の影が、室内にさしている。しかし碁を打つ人の背中には届かずに、手前のたたみを照らしている、という情景だ。

すると、部屋の暗がりにはもう一人の対局者がいて、二人でじっと盤上に目を落としていることになる。盤上の戦いとともに、背後の月の影はじりじりと移動していく。座敷の外の庭の上には、こうこうと月が輝いていて、低い家並みを見下ろしている。やがて客人の方は、夜道を一人で帰っていくのだろう。