大井川通信

大井川あたりの事ども

『建築をつくる者の心』 村野藤吾 なにわ塾叢書 1981

丹下一門の構想力の正史と、それを「どや建築」と捉える裏面史との二冊の本を読んだところで、今度は、彼らの先輩格にあたる筋金入りの建築家である村野藤吾(1891-1984)の本を読んでみる。4回にわたる市民講座で講師を務めた時の後述筆記がその内容だ。

長寿で晩年まで活躍したから、そこまで昔の人ではない印象があるが、実は芥川龍之介と同世代で、丹下健三よりも20歳以上年長だ。すでに89歳での語りだが、経験に裏打ちされたいい意味での頑固さとともに、明晰で柔軟な思考がうかがえてうならされる。

「99%関係者の言うこと聞かなければいけない。ただそれでもね、1%ぐらい自分が建築に残って行く。どんなに詰めてみたところが、村野に頼んだ以上は村野が必ず残る」

ここが、オリジナリティを標榜する現代の「表現建築家」との決定的な違いだろう。しかし、この1%において、かえって村野らしさははっきりと感じられる。奇抜な形状というより、温かみや魅力があるデザインやディテールや質感において。

僕の住む県は村野とかかわりが深く彼の作品が比較的多く残されているが、近年取り壊されるケースも多くなっている。実は地元のフィールド内にも、村野が設計した小さなガソリンスタンドがあったが、昨年解体されてしまった。

本の中では、設計の技術的なコツや工夫についても話している。設計のトレーニング方法の「種明かし」として、自分が面白いと直感したものは、雑誌や新聞の記事や写真でも、石ころでも葉っぱでも自分の手元にため込んでおいて、繰り返しながめたり、メモを取ったりしておく、という話が面白かった。建築に限らず、モノをつくり表現する者にとっての共通の心がけかもしれない。