大井川通信

大井川あたりの事ども

目羅博士vs.蜘蛛女

江戸川乱歩の短編『目羅博士』(1931)が好きだったので、乱歩自身が着想を借りたと告白しているエーベェルス(1871-1943)の『蜘蛛』と読み比べてみたいとずっと思っていた。

エーベェルスの短編も、実際に起きたパリのホテルでの連続殺人事件を下敷きにしたもののようだが、実際に読むと、小説の設定のかなりの部分を乱歩が借用しているのがわかった。

同じ建物の一室での、窓辺での首つり自殺。首を吊るのが窓の内か外かの違いだけだ。3人の連独自殺者が出た後に、探偵役を買って出た若者が、同じ部屋に乗り込み、真相の語り手になるという展開も同じ。その手段が日記なのか実際の語りなのかという違いと、結果が敗者(相撃ち)となるか、勝者となるかの違いがある。

道をはさんだ向かいの窓辺の存在への無意識の模倣というテーマも共通。ただし、『蜘蛛』では、それが非日常的な魔力によるものであるかのように描かれている。模倣ゲームで自分が主導権をとっているつもりだったのに、実際には相手に操られているのに気づく部分の描写は、真に迫っていて怖い。

一方、『目羅博士』の方は、向かい合った壁面の全くの相似と月光の魔力という環境をしつらえて、人間の模倣本能を疑似科学的に説明するところにリアリティと魅力がある。「都会の幽谷」での犯罪の情景の美しさも格別だ。

『蜘蛛』の犯人役もなかなか神秘的で魅力があるが、都会に隠れ住む怪人物を造形する乱歩の筆力には及ばない感じだ。後の怪人二十面相を連想させるところもある。

作品の魅力では乱歩に軍配があがるが、かなり似ているのも事実なので、まあ引き分けとしておこう。