大井川通信

大井川あたりの事ども

2017-11-01から1ヶ月間の記事一覧

文壇バーにて

仕事で参加した大きな会議の懇親会を抜け出して、中央線のとある駅前に向かう。目当ての店は、繁華街を縦横に歩き回っても見つからない。ガード下でたまたま自転車を止めている人に尋ねると、びっくりした顔で、今からその店に行くところだと言う。二人がよ…

伊東忠太二冊

東京帰省時は、国分寺北口の小さな古本屋に寄るようにしている。神田や早稲田の古書店街に寄る気力や関心は、もはやない。ネットでたいていの古書が手に入るし、それも綺麗なのにはびっくりする。勝手な推測だが、僕が若い頃欲しかった本を購入した年長世代…

引揚者と米軍ハウス

終戦後、博多港には、海外の一般邦人140万人が満州、朝鮮半島から引き揚げてきた。博多の街中の聖福寺境内には、引揚者のための聖福病院と、医療孤児収容所の「聖福寮」が作られて、多くの孤児たちが看病を受けたということを最近知った。 聖福寺は、日本最…

現代教養文庫のラインナップ

現代教養文庫は一風変わった文庫だった。文学と古典が中心だった老舗の文庫に対して、新書に入るような入門書や、単行本のような評論集、翻訳もの、変わり種の小説など、ごった煮のようなラインナップだった。社会思想社の文庫だから、社会科学系もそろって…

『やまとことばの人類学』 荒木博之 1983(中動態その6)

この本も『中動態の世界』への不満から、積読の蔵書から手にとったもの。その点でいえば、日本語が、ヨーロッパの言語と同様に能動対受動を根本的な対立としているかのような妄言を、完膚なきまでにたたきつぶしている。しかも、きわめて具体的に、そして平…

ツグミが来た日

先月末からしつこいめまいに苦しめられているのと、冷え込みがきつくなったこともあって、外歩きがすっかりご無沙汰になってしまった。大井川歩きの名がすたる。 昼休み、おそるおそる職場の近くの林を歩いたのだが、ヒヨドリのせわしない鳴き声の合間に、プ…

詩人村野四郎のこと

鹿は 森のはずれの/夕日の中に じっと立っていた/彼は知っていた/小さな額が狙われているのを/けれども 彼に/どうすることが出来ただろう/彼は すんなり立って/村の方を見ていた/生きる時間が黄金のように光る/彼の棲家である/大きい森の夜を背景…

虫の目、鳥の目、魚の目

虫の目と鳥の目の対比を始めて知ったのは、高校生のとき読んだ小田実の対談本だったと思う。小田は石原慎太郎に言う、お前は鳥の目だけれども、オレは虫の目でいくよ。それ以来、虫の目と鳥の目は、ミクロとマクロに一般化されて、議論には必要十分な武器で…

哲学者廣松渉の少年時代

本屋に行ったら、岩波文庫の新刊の棚に、廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が並んでいた。初めての文庫化ではないが、岩波文庫に入るのは古典として登録されたようでまた格別だ。廣松渉の逝去から、もう20数年が経つ。僕自身は、廣松さんの話を直接聞い…

『小さい林業で稼ぐコツ』農文協編 2017

農家の仕事なら、ふだん目にするから、なんとなく想像できる。林業となると、見当もつかなかったが、近所の里山に出入りするようになると、植林された林や、伐倒の跡など、林業の痕跡を意外に身近に見ることができた。しかし、今、山が荒れているとよく耳に…

こころって困った宝だ (原田一言詩抄)

三枚目は、一番弱々しい言葉だ。そのせいかどこか頼りない書体で書かれている。しかし、僕はこの一枚が、一番原田さんらしい言葉だと思う。自分のこころを前にして、困り顔で立ちすくむ姿が目に浮かぶ。心は素晴らしいものであると宣伝される。しかし、本当…

独りを知る そこにみんな (原田一言詩抄)

ここでは、一見「人知れず私」とはまったく反対のことが書かれている。しかしここに矛盾を見る必要はない。まずは人知れない〈私〉として世界に登場したあとの自分は、つまり「世界内存在」としてある自分は、世間知や宗教や科学がいうように、ありふれた共…

人知れず 私 (原田一言詩抄)

大井村の賢人原田さんは、荒れ果てた民家を借りて、何年もかかってほとんど一人で改修して、古民家カフェの体裁を整えた。僕が四年ほど前にたまたま入店したのは、そのリニューアルオープン日だった。早朝の新聞配達で店の運営を支えていた原田さんは、幼稚…

『ビブリオ漫画文庫 』山田英夫編 2017

ちくま文庫所収の本をめぐる漫画アンソロジー。本をテーマにした漫画を集めると、結果として古本屋を舞台にしたものが多くなるのはなぜだろう。 先日、一箱古本市というものに初めて出店した。主催者が出店が少なくて困っているというので、実際は一箱ではな…

『西田幾多郎』 永井均 2006 (中動態その5)

少し前に『中動態の世界』を読んだときに、能動と受動の対立を当然の前提として議論を始めていたのがひどく乱暴な気がした。哲学はこの辺をもっと繊細にあつかっていたはずと思って、とりあえず心当たりを再読したのがこの本だ。 この本では、日本語的把握と…

お饅頭のリレー

初任給が出たとき、次男は卒業した特別支援学校に、お菓子をもってあいさつに行った。もちろん親がアドバイスして、学校まで車で送り迎えもしてあげたのだが。学校の職員室と、寮の職員室との二つ分の菓子折りをもって、次男は、ひさしぶりの先生と照れくさ…

旺文社文庫の箱

だいぶ前に発行をやめてしまったが、学生時代には、旺文社文庫が好きだった。文庫には珍しく箱入りの時代もあって、当時は古本屋の棚でそれを見かけることができた。箱がなくなったあとのカバーも、他の文庫とは違って一冊ごとに違うデザインで装丁されて明…

新潮文庫の棚

もう20年近く前になるだろうか、この街の国道沿いの書店でのことだ。そこはレンタルビデオ店を併設していたので、家族でよく利用していた。その書店が閉店して、子ども向けの体操教室に建て替わってからは、ファミレスやコンビニなどがあるそのショッピン…

同姓同名の会

僕の名前はそれほど珍しいものではないと思うのだが、氏名の組み合わせでいうと、全国に多くいるわけではないようだ。ネットの検索をかけても、同姓同名の人は、せいぜい三、四人しかでてこない。 そのうちの一人は、もうだいぶ以前に亡くなっている人だ。大…

鳥たちの冬支度

今朝、通勤の道で、ジョウビタキのオスとメスがにらみ合っている場面に出合った。オスは、車道の隅にうずくまって動かない。メスの方が、さかんに場所を変えたり、近づいたりして挑発する。付近は、広い原っぱの空き地があるから、どちらも譲れないナワバリ…

メニエール症候群

歩き出しても平衡感覚がおかしくて、まっすぐ前にすすめない。踏み下ろした床がぐわんぐわんと沈むような感じがする。久しぶりに始まったなと思う。職場のソファーに横になっても、むかむかと気持ちがわるい。頭痛ではないが、後頭部が少ししびれる感じで耳…

クマバチの意志

近所のため池で、クマバチを見かける。秋に見ることは珍しいような気がして、図鑑で調べると、それそろ活動期間の終わりの時期だった。 昔図鑑で見るクマバチの姿は、大型のハチにしてはまるっこくて胸の黄色と黒いおしりもかわいらしく、いかにも狂暴そうな…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その4)

ずいぶん乱暴な感想を書いてきたが、最後にさらに身勝手な連想をつけくわえたい。 著者が、能動/中動という、行為の二類型を時間をさかのぼって取り出したのは刺激的だった。著者は、この対立概念は基本的に抑圧されたままだと結論づける。しかし、それでは…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その3)

ほんの少し前までは、つぶやく、というのは徹底して私的な行為だった。独り言を小石のように道端に投げ捨てる。言葉は、即座に砂利に紛れて消滅し,当の本人は、つぶやいたことなどすっかり忘れて、目的地へと急いでいる。行為者は、つぶやきという行為の外…

ブルークロスムーブメント

知り合いの紹介で、ブルークロスムーブメントの集会に参加した。元暴走族の総長で、更生後に暴走族をボランティア団体に変えたことで有名な工藤良さんが中心になって、立ち上げた運動のようだ。司法、教育、福祉が連携し、非行少年の立ち直り支援にむけての…

『中動態の世界』(國分功一郎 2017)を読む(その2)

それでは著者は、中動態をどのように定義するのか。「主語が動詞によって示される過程の外/内のどちらにあるか」が、能動態と中動態との区別の基準だという。中動態は、主語(行為者)がある過程の内部にいることを示す、と。これは、あっけないほど簡単な…

渦巻けるカラスの群れ

先日、今年初めて、ミヤマガラスの群れを見た。かつて塩田のあった開けた農耕地を走る県道で、道路わきの電線にカラスがずらっと並んで止まり、田畑にも散らばってエサをあさっている。ただしミヤマガラスにしては小さな群れで、大群になると、カラスがぎっ…

水平線上に突起をつくれ

数年前、ある高校の卒業式に出席した。その学校の校訓は「水平線上に突起をつくれ」という一風変わったもので、校歌を歌う前にも、まず「突起をつくれ!」と大声で気合を入れる。由来を調べると、大正時代の校長の言葉のようだ。100年前には、今聞くのと…

庭の恐怖

実家の庭の隅に小さな小屋があって、その裏に回ると、隣の敷地の板塀との狭いすき間から、道の脇に立つ木製の電柱を見上げることができた。電柱の上部には、変圧器みたいなものがついていて、丸形のガイシがついていた。幼い僕には、それがバケモノの丸い目…

封印された自転車(記憶論その2)

どのくらい前だろうか。まだ記憶の衰えをそこまで自覚してなかった頃だった。ただ仕事が忙しく毎晩深夜まで働いていたから、そのストレスが大きかったかもしれない。ある晩、自宅のある駅に戻って、駐輪場にたどり着き、さあ自転車を出そうとして、チェーン…