大井川通信

大井川あたりの事ども

2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

『下流老人』 藤田孝典 2015

三年前のベストセラー。今回初めて読んできたのだが、出版後、この本が訴える情報について、ある程度一般化されてきたためか、ややインパクトが薄れるところがあったかもしれない。しかし、老人予備軍としては、いちいち身につまされて、いろいろ勉強になる…

みたび、柄谷行人のこと

最初に就職した会社を3年で辞めて東京に帰ってきてから、とある塾の常勤講師として働くことになった。腰掛のつもりが居心地がよく、結局3年勤めることになる。ある程度時間に余裕があり、将来の目標も定まっていなかったので、講演会やシンポジウムの類に…

ふたたび、柄谷行人のこと

七月のうちから猛暑日がえんえんと続いたり、台風が東海地方から新幹線の下りに乗るみたいに逆走してきたり、と今まで経験したことのない異常気象が続いている。そのせいか、頭がボーっとして書く意欲がわかない。昨日の流れで、柄谷行人の小ネタで、お茶を…

柄谷行人のこと

社会人になって二年目の長男と電話で話をした。息子は、父親が金曜日の夜にあんなに機嫌が良かった理由がわかった、という。日曜日の午後になると憂鬱になるよね。月曜になってしまえば、その気になれるのだけど。そうそう、と勤め人として共感しながら、だ…

理髪店とあめ玉

僕が数年前から行っている理髪店は、理髪用の椅子が十台以上並んでいるけれど、先客がいることはめったにない。おそらく全盛時代は、何人も雇って羽振りがよかったのだろうが、今は年取った夫婦だけでやっている。70歳を超したかというご主人は、決まって「…

『塔の思想』 マグダ・レヴェツ・アレクサンダー 1953

国立駅前の古書店で見つけて、古い本だが面白そうなので買ってみたが、当たりだった本。池井望の訳で、河出書房新社から1972年に出版されている。 余談だが、若いころは古本屋が大好きだったのだが、いつ頃からか、人の手垢のついた古い本というのがダメにな…

人類の未来

ウェルズの『タイムマシン』を読む読書会で、「将来、人類の社会はどのようになっているか」という課題がでた。そんなことは全く考えたことがないけれども、話のタネになればいいので、ざっと考えて、次のように回答した。 ・2050年頃 世代間の対立。とくに…

燐寸(マッチ)の大冒険

読書会の課題図書で、ウェルズ(1866-1946)のSFの古典『タイムマシン』(1895)を読む。 タイムマシンを発明した主人公は、80万年後の世界へ行くが、そこは、地上に遊ぶ穏やかなイーロイ人と、地底で生産活動に従事する恐ろしいモーロック人という二種族が…

『弟子』 中島敦 1943

母親の法要で実家に帰省した時、亡くなった父親の書棚から借りて読んだ本。中島敦(1909-1942)の自筆原稿をそのままの大きさで復刻したもので、古い原稿用紙をそのまま読むような不思議な感覚を味わえた。父親は以前、代表作『李陵』の自筆原稿版も所有し…

千灯明と「がめの葉饅頭」

ハツヨさんの故郷、平等寺の地蔵堂で千灯明があると聞いたので、かけつける。まだ明るかったので、ハツヨさんの生家の脇の路地を上り、高台のため池ごしに、ミロク山の姿に手をあわせる。僕は、この村を舞台にしてハツヨさんの生い立ちを絵本にするつもりだ…

ムジナが落とした物語がひょっこり別所に届けられる(貉の生態研究⑥)

【物語の誤配/交配】 大井村の力丸家の由来を描いた絵本「大井始まった山伏」は、その唯一の伝承者睦子さんの病床に届けることができた。枕元で絵本を読み上げると、苦しい息の下で、物語の展開の創作に喜んでいただける。 平知様の物語は、紙芝居となって…

ムジナの霊が現れて今いるムジナに舞いを教える(貉の生態研究⑤)

【身振りの模倣】 70年以上前、大井の村人がおこなったという戦勝祈願にならって、古式にのっとり(この時ばかりは)自転車に乗って、和歌神社、摩利支天、宮地嶽神社、金毘羅様、田島様と「五社参り」を敢行する。 かつての木剣の代わりに「木の根」が献納…

ムジナが物語をくわえて方々に走り出す(貉の生態研究④)

【虚構の介入】 かつて北九州枝光での演劇ワークショップで、演出家の多田淳之介さんは、参加者に地元の事物をネタに寸劇を作らせて、それを実際に上演することで、鮮やかに「虚構」を地域の歴史につなげてみせた。自ら何年も枝光の盆踊りに飛入り参加し続け…

ムジナがうろつく土地が意味にみちてくる(貉の生態研究③)

【フィールドの情報化】 寺社やホコラ、ため池、アパートなど土地のさまざまなモノは、それぞれの歴史をもつ。それぞれの歴史は、それに立ち会う生き証人をもつ。あるいは多少の記録をもつ。町角やあぜ道でよろよろと歩きながら登場するお年寄りたちは、個人…

夜ごと少女のようにムジナが手記をしたためる(貉の生態研究②)

【妄想による通信】 まずは歩きながら観察したものや体験した出来事などを、大井川通信という短いレポートにまとめて、遠方の知人あてにせっせと郵送することにした。すると、土地にはりつくように歩いている自分の姿を、いくらかでも客観視できるようになっ…

ムジナが町と山野をうろつき回る(貉の生態研究①)

【歩行の開始】 地元で歩き始めたばかりのとき、地域を一方的に観察する側に立つのはおかしい、という批判を受けた。それは観察対象からの収奪につながり、その土地に生きる人たちに受け入れられることはないだろうと。 その時は、自宅から歩いて行って帰る…

影絵の世界

母親の義弟にあたる叔父から聞いた話。 僕の父親が、勤務先のミシン会社の同僚だった叔父を1年間じっくり観察した後で、この人なら大丈夫と、母の妹の結婚相手に紹介したのだという。勝気の叔母は、私は家のある人でないと結婚しないと言ったそうだ。(ひょ…

挺身隊の思い出

母は、終戦前の一年ばかり、千葉の軍需工場で、女子挺身隊として働いていた。三菱の軍用機を作っていて、完成するとみんなで機体を送り出したそうだ。勤務期間中に、工場の疎開も経験している。 同僚なのか兵士だったのかは聞きもらしたが、地方出身の若い男…

十力の謎

今ではほとんど使われなくなってしまった村の小字の地名には、不思議なものが多い。いくら眺めても、口でいってみても、よくわからない。地元の小字名で、唯一自分で解明できたと思えるのが、十力(じゅうりき)だ。 大井の中でも古くからある集落で、江戸時…

『今を生きるための現代詩』 渡邊十絲子 2013

5年ぶりの再読。老練の荒川洋治の著作を読んだあとだからか、著者の「詩人」としての自意識の固さが、はじめは気になった。「詩はよくわからない」という人は、詩の大切さがわかっているくせに、子供の感想みたいなことしかいえないものだから、自分を守っ…

私と鳥とお年寄りと

先日、若い友人の教師が遊びにきてくれた。今、何をしているのか聞かれたので、お年寄りと話すようにしている、と答えた。その流れで、かなり適当な理屈だけど、こんな話をした。子どもはかわいい。子どもには未来がある。子どもは教えたことをタオルみたい…

再び路上へ

台風のあと、梅雨前線による大雨が降り、朝晩は肌寒さを感じるような日が続いた。今朝は久しぶりに晴れ上がり、気温も上がるという予報だったので、日差しが強くなる前に家を出た。この夏初めてのクマゼミの声が聞こえる。 よく、ストリートだとか、路上だと…

トビとアオサギ

またしてもトビの話題で申し訳ない。鳥好きの人からみれば、おそろしく雑な鳥見報告に思えるだろう。しかし、珍しい場面を目撃したので、記録しておきたい。 かなり上空をトビが旋回している。その近くを旋回する鳥がいるのだが、トビの仲間にしては形が違う…

『詩とことば』 荒川洋治 2004

理由があって、詩について、少しまとめて考えようと思い立った。新しく、手に入りやすい詩論を探しても、今はほとんど出版されていない。結局、積読の蔵書から読み始めることにする。荒川洋治は、世代を代表する詩人で、僕にも好きな詩がある。感覚的に好き…

笹の葉ラプソディ

『涼宮ハルヒの消失』からの流れで、七夕にちなんで、ハルヒのアニメシリーズの『笹の葉ラプソディ』を観なおしてみた。 アニメは、大学時代に『装甲騎兵ボトムズ』にはまったのを最後に、ガンダムもエヴァンゲリオンも見ていない。ようやく数年前に、たまた…

オウム教祖、死刑執行

麻原彰晃らオウム教団幹部の死刑が執行された。早朝から記録的な大雨となり、通勤途上、田んぼのイネもあぜ道も水没して湖面のように広がっていたり、濁流が川岸からあふれそうになったりするのを見て、不安な胸騒ぎのする朝だった。 今まで死刑囚について、…

二葉亭四迷のエッセイを読む

読書会で、二葉亭四迷(1864ー1909)の『平凡』を読んだ。岩波文庫には、表題作のほかに、エッセイの小品がいくつか収められているが、これも面白い。表題作のモチーフである文学批判を、ざっくばらんに語る中で、びっくりするくらい鋭い知性の輝きを見せて…

台風一過

夕方から、いよいよ台風が近づいてきて、雨風の合間に、ふいに突風につき飛ばされそうになる。空には、ちぎれた雲がいっせいに同じ方向に流れているが、その中を、飛行機が一機、ななめに横切っていく。こんな天候にどうしたのだろうか。家の周辺を見回り、…

魔術の再生

見田宗介は、近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、脱高度成長期の若者の精神変容のデータを扱っている。そこで目を引くのが、「お守り・お札を信じる」、「あの世、来世を信じる」、「奇跡を信じる」などの一見非合理的な回答のポイントが、1973年から…

球はふしぎな幾何学である。無限であり、有限である。

球面はどこまでいっても際限はないが、それでもひとつの「閉域」である、と見田宗介は近著『現代社会はどこに向かうか』の中で、続ける。 だから、生産と消費の無限拡大のグローバルシステムは、地球表面上での障壁を消し去るかに見えるが、そこで最終的な有…