大井川通信

大井川あたりの事ども

2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

家族の記憶

父親は四人兄弟の末っ子だった。叔母二人が先に亡くなり、叔父の最期を病院で見届けたあとのこと。病院の玄関口を父親と二人で出て、別の用事があるからと別れた。そのとき父親がつぶやいた言葉が妙に頭に残っている。 もう昔の家族のことを話せる人もいなく…

『ここが家だ』 ベン・シャーン/アーサー・ビナード 2006

若い知り合いがやっている小さな本屋さんで購入。第五福竜丸事件を扱っているけれど、単なる告発や正義の主張に終わっていない。ベン・シャーンの連作を含めて、いろいろな方向へむかうベクトルを小さな絵本という形に押し込んでいる。そんな力に満ちた本だ…

『図解 古建築入門』 西和夫 1990

今、DIY講座で小さなホコラの改修を手伝っている。部材を完全にばらして、できるだけ古い部材を活かす。一部が傷んだ部材は、全体を交換するのではなく、そこだけ新しい材で埋木する。こうした考え方は、テレビドキュメンタリーで見た本格的な文化財の修復と…

春の革命

今日、家の近所の商店街で、初めてツバメをみた。一羽だけだったけれど、力強く宙を舞っていた。やがて後続の仲間が姿を見せるようになるだろう。 昨日、職場の植え込みで、スズメがしきりにもう一羽のスズメの背中に乗ろうとする。数秒間背中の上で羽ばたい…

『たったひとつの冴えたやりかた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 1986

読書会の課題図書。 表題作の第一話だけ読んだときは、子どもが主人公のためか「冒険」「友情」「自己犠牲」といった地上的で単純なテーマが透けて見える気がして、架空の世界を自由に楽しむ気にはなれなかった。 全体を通じて同じ難点は感じられるのだが、…

小山田咲子さんのこと

二年ばかり前、ネットが苦手の僕がたまたまブログの登録をしたときに、書き続けてもいいと思ったのは、以前に小山田咲子さんの書いたブログを読んでいたからかもしれない。 僕は、彼女が亡くなった後まとめられた『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛している…

『社会学入門』 見田宗介 2006

昨年出版された見田宗介(1937-)の新著を読んで、著者の衰えのようなものを感じたと書いた。今年に入って、20年前の『現代社会の理論』(1996)を再読して、全盛期の著者の力にあらためて魅了されるとともに、今から振り返るとやや物足りなさも感じてしま…

世界観のある人

もう慣れてしまったが、近ごろの「世界観」という言葉の使い方には、はじめびっくりして、なかなか違和感が抜けなかった。アーティストの作品や楽曲、個性的なファッションや趣味嗜好について、「世界観」という言葉が乱れ飛ぶ。あの曲の世界観が好きだ、と…

隣人を推理する(その3)

カーポートに面した我が家の壁には、風呂場の窓とトイレの窓とが並んでいる。どちらもアルミの格子がはめられているから油断していたのだが、のぞきを妨げるものではない。風呂場の窓は低い位置にあるが、トイレの窓は2メートルほどの高さがあって、踏み台で…

隣人を推理する(その2)

たぶん同じころだと思うが、我が家の風呂場がのぞかれるという事件があった。風呂場の窓は、隣家の敷地と我が家のカーポートをはさんで向かい合っている。 妻が風呂に入っているとき、換気のために数センチだけ開けていたはずのサッシの窓が、気づくと10セン…

隣人を推理する(その1)

窓を開いて部屋の片づけをしていると、空き家になっていた隣家から子どもたちの歓声が聞こえる。ベランダで不動産屋らしきスーツの男が説明している様子が見える。入居希望の家族だろうか。 隣家の主人が職場での盗撮事件で逮捕された旨の記事が新聞に出たの…

切り株の話

椎名誠に「プラタナスの木」という小説があって、小学校の国語の教科書にも載せられている。公園のプラタナスの木と子どもたちをめぐる話で、その中に、木は枝と同じくらい地中に広く根を張っている、と書かれていた。切られてしまったプラタナスの切り株に…

その短くはない生涯を短く語る

旧玉乃井旅館での「おはなし会」で、安部文範さんの話を聞いた。タイトルには、安部さんらしいユーモアがこめられているが、こうした微妙なユーモアの感覚は、おそらく世代限定のものなのだろう。 安部さんは、僕よりほぼ10歳年長だ。1960年代、70年代は、日…

『侵入者』 折原一 2014

叙述トリックを得意とする推理作家というイメージのある折原一(1951-)の、比較的新しい作品を読んでみる。90年代の前半の頃に、熱心に面白く読んだ記憶があるが、その後遠ざかっていた。 ミステリーファンでないのでおおざっぱのことしか言えないが、折原…

安部重郎氏のこと(祖母の思い出)

大井村本村の住人安部重郎氏(1899-1982)は、母親の33回忌(1971)に親族に話した内容を、「我が家我が父母」という手記にして残している。現在は東京の田無(田村隆一の詩「保谷」の隣町)に住む重郎氏の娘さんからお借りして、読むことができた。 40頁ほ…

波切不動明王の由来

津屋崎で玉乃井旅館の玄関先のホコラの修繕に関わっているので、身近な小さな神様についてあらためて考えている。集落では村単位でまつる氏神の他に、村内の組ごとにまつるホコラがある。それよりさらに小さな単位(一族や近隣や家など)でまつる神様となる…

ケヤキの根を掘る

ケヤキは、子どもの頃からなじみ深い木だ。隣町の府中の街中にはケヤキ並木があったし、古い農家の屋敷森には、巨大なケヤキが目立っていた。僕にとって、武蔵野のイメージに欠かせない木なのだ。 その理由をあれこれ思いめぐらしていて、昔から好きだった詩…

『天啓の殺意』 中町信 1982(2005改稿 原題『散歩する死者』)

本文庫の解説者は、「叙述トリック」を「Aという事柄(人物)をBという事柄(人物)に錯覚させるトリック」と定義している。僕は推理小説の中でも、このトリックに特に魅力を感じてきた。そこには、何かこの世界の成り立ちの秘密に触れるようなところがある…

行く鳥・来る鳥

数日前、大井川の土手の近くを歩いていると、足もとから一せいに飛び立つ鳥の群れがあった。ハトかムクドリだろう。電線に止まった一羽に双眼鏡を向けると、なんとツグミだった。冬の野原では単独行動が目立つツグミも、群れで渡りに備える季節になったのだ。…

こんな夢をみた(恋愛ドラマ)

初めは実写ドラマ風の展開。主人公は彼女と暮らしているのだが、何かの間違いでだれか別の人間を殺してしまう。彼女はそれを知ると、意外なほど度胸がすわっていて、事件の隠蔽に協力してくれる。 するとここでは僕がなぜかその主人公になっている。もう彼女…

『世界史の実験』 柄谷行人 2019

柄谷行人の新著。こんどこそは、という思いで期待して読んだけれども、目覚ましい読後感はなかった。 柄谷の著作を熱心に読んで刺激を受けたのは、2000年頃、柄谷がNAMという社会運動を行っていた頃までだ。それ以降の多くの著作は積読状態で、何冊かの手軽…

『模倣の殺意』 中町信 1971(2004改稿 原題『新人賞殺人事件』)

久しぶりに推理小説を読んだ。推理小説は一時期熱心に読んだことはあるが、何かが語れるような読者では全くない。この本も、書店で「これはすごい」という帯を見て、気まぐれに手にとったものだ。 面白かったので一気に読めたが、思ったより昔の作品で、僕の…

ホコラを修復する

小さな木造のホコラの修復作業で、一日大工仕事をする。生涯はじめての事だ。宮大工の末席のそのまた末席に連なったみたいで、うれしい。 津屋崎の旧玉乃井旅館の玄関脇にある恵比寿様の修復を行うプロジェクトに応募したのだ。寺社建築に実績のある建築士と…

向山洋一氏の教師修行

向山洋一さん(1943-)は、教育技術法則化運動で名高い教師で、たくさんの著書を持っている。彼が新任当時、我流で始めた教師修行について書いているものを読んで、その内容が強く印象に残った。優秀な教師ならば、そのことの意味が即座にわかるのだろうが…

聖徳太子とプロ教師

学校の教員と接するようになって、驚くのはその技量の差である。まさにプロと呼べるような先生がいると同時に、素人同然の授業しかできないベテラン教員もいる。本来はすべて専門家であるはずの教員の世界の中で、「プロ教師」などという呼び名がリアリティ…

一者対多数のコミュニケーション

今年度から教育系の大学で専任講師をしている友人が地元に戻ったので、久しぶりに会って話をした。とびきり優秀な小学校教師だった彼は、大学という職場でも、新しい環境を楽しみながら、研究に教育にフル回転している。若い友人の活躍というのは、本当に気…

こんな夢をみた(関西家族旅行)

家族がどこかに連れていけというので、新幹線で大阪に行くことにする。途中で倉敷にいる息子にも会えるかもしれない。大阪駅に着くと、近くに球場があるので、今から今日の試合のチケットが買えるかと聞くと、切符切りの男が、外野席なら買えないことはおま…

いとうせいこうの沈黙

夕方、テレビを見ていると、教育テレビの子ども番組でいつものように、いとうせいこうが派手な衣装で出演している。まだやってるのか。チャンネルを変えると、そこにもいとうせいこうの大写しの顔が現れる。こっちはちょっと真剣な表情。 ローカルニュース番…

喫茶店「ぽけっと」を探す

黄金市場に寄ったときに、近所にあった喫茶店のことを思い出した。 バーのようなカウンターがあって、夜まで営業していたから、会社の帰りに寄っていた記憶がある。NTTに勤めるタシロさんという人が常連で、いつもカウンターの正面に陣取っていた。「ぽけっ…

なんもかんもたいへん、いらっしゃい

若いころ住んでいたアパートの近くに、黄金(こがね)市場という商店街がある。アーケードのかかったメインの商店街の周囲にお店が集まり、隣接する古い木造の建物の中の路地にも商店が連なっている。 この路地の方の一角。シャッターを半分だけ開けて、間口…