大井川通信

大井川あたりの事ども

2024-06-01から1ヶ月間の記事一覧

大祓の日

一年のちょうど半分が終わった日。今まで意識したことはなかったが、そう考えると大切な振り返りのきっかけになる日だ。神社では、大祓の日といって、区切りのお祭りが行われる日だ。確かクロスミ様の掲示板にも祭日は6月30日(ただし旧暦)と書かれてい…

筑豊の木工展に行く

何年かぶりかで、筑豊の内野さんの工房(杜の舟)に展示会を見に行く。20年以上前に、地元の宗像での出張展示会を見てからのお付き合いで、特に正月恒例の展示会は、その年の干支の木工作品が目玉で、年中行事のように参加していたが、ここしばらく足が遠…

口の中

考えてみれば、内臓以外では、口の中というのは文字通り一番自分の身近な場所だ。ちょうど両目の少し奥くらいに自分の「中心」があるというのが日常感覚だろうから、その中心からわずか5センチ下のあるのが口の中だ。 しかし、この口の中が、ブラックボック…

『父・こんなこと』幸田文 1949/1950

父の書棚シリーズの第一弾。幸田文の『木』を読書会で読んだことをきっかけにして、1955年初版の新潮文庫版を購入してみた。今は幸田文は再ブームの渦中らしく、雑誌ユリイカでも特集されている。 父の書棚の文庫本がわずかだったが、子ども心に印象に残って…

ワコール・リッカーミシン館のメダル

昨年ネットオークションで、万博のワコール・リッカーミシン館の絵葉書を購入した旨の記事を書いた。実は、本当に欲しかったのは、同じパビリオンの記念メダル(文鎮という説明もある)の方だった。 リッカーミシンは僕の父親が勤めていた会社で、企業一家的…

父の書棚の本を読む

父は読書家だったけれど、幸田露伴張りの身辺整理の哲学を持っていたようだから、小さな家にふさわしく居間に一つの書棚を置いて、それに収まるだけの蔵書しか持たなかった。だから、古書店への売却はたえずだったし、書棚に出たり入ったりを繰り返す本もあ…

藤棚とクマバチ

幸田文の『木』を読んでいたら、藤棚に虻(アブ)が飛び交う様子が描かれていた。それはおかしいと思って調べたら、本物のアブは夏に出てくる肉食性の虫だというから、花の蜜に集まるはずがない。どうやらクマバチをアブと呼び慣らすこともあったようで、幸…

『木』 幸田文 1992

読書会の課題本。大井川歩きをまとめている最中でもあって、身近な自然に向き合うことの意味を考えるのに役にたつ読書となった。幸田露伴の次女の幸田文(1904-1990)の晩年、60代後半から80歳くらいまで(発表年1971-1984)の木をテーマにしたエッセイで…

ヒラトモ様の聞き取りを表にまとめる

大井川歩きの成果物をまとめるにあたって、まず始めたのが、地元での聞き取りをテーマごとにエクセルの表にまとめ、聞取り内容を整理して比較することだった。 ヒラトモ様に関しては、15件ほどの聞取りの記録が残されている。やはり発見の年である2014年の記…

ヒラトモ様の伝説をどう理解するか(6月6日記事改訂版)

大井川周辺で採集した「伝説」を整理しようとして、まず手に取ったのは民俗学の論文集『記憶する民族社会』(小松和彦編 2000)だった。数年前に読んだ時に、刺激を受けてこれは使えると思っていたのだ。とくに梅野光興さんの論文が良かった。民俗社会におけ…

花見劫(はなみこう)

廣松渉の哲学書を読んでいたら、突然この言葉が出てきた。廣松は生硬な漢熟語を好むけれども、その間に俗語をさしはさむこともある。酒席では、アナクロな冗談や猥談を得意としていたらしい。 僕も子どもの頃、一度囲碁を覚えようと思って入門書を読んだり、…

まっぴらごめん

読書会の課題図書で、幸田文を読んでいる。自在に使われる日本語の語彙が、僕らがいまふつうに使う言葉の種類や用法をはみ出していて、その部分にいちいち引っかかるのが読書体験としては新鮮だ。 幸田文が育った戦前の日本からは、具体的な生活のありかたと…

『宗教と日本人』 岡本亮輔 2021

これは、丸三年ばかりの浅めの積読本。著者の岡本亮輔(1979-)は若手の宗教学者であり、観光学の研究もしていることもあって、その視野は広く新しい。 この本を読んで、初めて新たに了解できたということが確実にあって、それで新書のボリュームで入門書と…

三浦清一郎先生のこと

昨年末に三浦清一郎先生(1941-2023)が亡くなったことは、後になって風の便りで知った。新聞も止めているし、退職もしたので情報が遮断されがちなのだ。波乱に富んだ人生を送られたと聞いていたが、僕が知っているのは、晩年社会教育の独立の研究者であり…

傘一本

朝の通勤電車はたいてい立っている。偶然前の席があけば座れることもある。夕方は一般の通勤客より少し早い時間なので、途中からでも座れる確率は高い。いずれにしろ40分程度の乗車時間だから、特に困ることはない。 今朝、つり革につかまって本を読んでいる…

『神様の涙』 渡辺順一 2012

金光教徒社の「みち」シリーズの一冊。このシリーズを読むのは3冊目だが、読み応えのある本ばかりだ。すっきりした新書サイズの装丁もよい。 第一部では、著者は自分史を振り返りながら、金光教の神とその出会いを率直に語っている。短いが魂のこもった文章…

手帳はなぜ壊れたか?

僕は1月はじまりのビジネスダイアリーを使っている。若い頃はハンディな手帳だったが、中年過ぎてからは中型のビジネスダイアリーになり、50代後半になって老眼がすすむと、一回り大判のものを使うようになった。 ところで、昨年の夏に、初めてこのビジネス…

九太郎とボンちゃんの急接近?

九太郎は、我が家に来てから丸5年。ボンちゃんは、3年半になる。つまり、二匹は、もう3年半も同居しているのだ。 はじめ、同居を始めた猫同士は、3か月くらいで仲良くなると教えられた。しかし少しずつ慣れているように思えても、いっこうに仲良くはなら…

オジャさんに手品

次の日、おなかの調子と気分がすぐれないので、職場の地階にあるコンビニに、栄養ドリンクを買いに出かける。東南アジア系と思える若い男性がレジをしてくれることが多いが、今日は、名札を見ると「オジャさん」だった。 小銭で金額を出そうとしているとき、…

グエン君の替え玉

知り合いの奥さんが事故で亡くなった。奥さんとは面識はなかったが、だんなさんの方は30年近い付き合いで、いろいろお世話になっている。通夜や告別式は奥さんの関係者だけで終えたということだったが、自宅に弔問に出かけた。 午後から仕事を休んで、近くの…

冨士見通りの景観

3月に東京に帰って、実家のあった国立の駅前を歩いているとき、冨士見通りの異変に気づいた。駅前ロータリーから西に伸びる冨士見通りは、富士山にまっすぐに向かっていて、天気さえよければ突き当りに富士の雄姿を見ることができる。ところが、その時ふと見…

『金光大神論の課題』 島薗進 2004

島薗進は高名な宗教学者であって、金光教の理解も深く、いくつも論文を書いている。今回初期の「金光教学と人間教祖論」(1979)を読んですいぶん勉強になると当時に、やや腑に落ちない部分もあったので、おそらく見通しがよくなるだろうと思って比較的新し…

行橋詣で(2024年6月)

初めて月例祭に参加する。たまたま訪問日と重なったのだが、正装した井手先生の祭礼での立ち居振る舞いに触れて、身が引き締まる思いだった。いつもしていただいている個人的な礼拝との違いは、祭礼では先生がこちらをむいて立教神伝を読上げる場面があり、…

こんな夢をみた(侵入者)

表通りに面した、間口が狭くて奥行きのある町屋みたいな家が舞台だ。以前は親が何かの商売をしていたのだが、今は両親も亡くなって一階の店舗部分では商売はしていない。僕もこの家では住んでいるわけではなく、たまたま訪ねて二階で用事をすませ、階段を降…

地元の伝説をどう理解するか

梅野論文から学んだ「伝説」生成プロセスのモデルをもとに、大井川周辺の伝説理解のラフスケッチをメモしてみよう。 このモデルは、①出来事 ②物語 ③記憶装置 ④再解釈 の四つの要素から成り立つ。 まず、ヒラトモ様。①出来事:幕末に伝染病等の村の危機が発生…

『伝説』 柳田国男 1940

柳田国男(1875-1962)は、『遠野物語』等の読み物と他者による評論や解説書などを読んでわかった気がしていたが、きちんとした論文や著作は読んでこなかったことに気づかされる。戦前の岩波新書で、表記やレイアウト等が読みにくいということもあるのだが…

6月の忌日

6月に入ると、いろんな人の忌日が続いて、息が抜けない。6月4日は子どもの頃からなじみ深い姉の誕生日だが、その前日が、母の忌日となった。姉からしてみたら、自分の還暦の誕生日の前日に母親が目の前で亡くなったのだから、たまらなかっただろう。 母の晩…

次男のこれからについて考える

4月から障害者の職業能力開発校に通っている次男だが、いくつか問題が生じている。ほぼ毎日ある農業実習が、腰が痛くて参加が難しくなっているようなのだ。ただ、こうしたことは母親経由の間接情報で、僕には直接話してくれるわけではない。訓練校を辞める相…

ショッピングモールの駐車場で競馬中継を見る

この季節はたいてい日曜の午後には、G1レースの競馬中継がある。そのために家に戻ることもあるが、今はテレビアンテナの故障で地上波を見ることができないから、BS放送の視聴では魅力が劣る。それなら車のテレビで地上波の中継を見た方がいい。 先週も今…

詩歌本三冊

今月の詩歌を読む読書会(「河童読書会」)では、意外な事前課題が出た。課題図書を指定を読みあうのではなく、各人が思い思いに詩歌に関する本(評論も含む)を三冊持ち寄る会とするそうだ。 いつものギリギリで課題本を読み切って、頭をひねって3作品を選…