大井川通信

大井川あたりの事ども

恐怖と事件

新型コロナウィルスに感染する ⑯(看護師さんたち)

コロナ病棟で、次第に回復してくると、僕はお世話をしてくれる看護師さんたちに、邪魔にならない範囲で声をかけてみることにした。病状が悪いときでも挨拶やお礼の言葉を欠かさないのは自分の意地みたいなところがあるが、いくらか余裕が出て来たあたりのこ…

新型コロナウィルスに感染する ⑮(窓と鳥)

ホテルでの生活の時、窓から見下ろす街中の風景が、心をなぐさめてくれた。コロナ病棟でのつらい治療の時も、四階にある病室の窓からの見覚えのある景色が、だいぶ救いになった。そこには、僕がよく車を走らせた国道や、家族ででかけたショッピングモールが…

新型コロナウィルスに感染する ⑭(歯肉炎が治る)

この病気に感染して、二つほど目に見えて改善したことがある。 7日間のホテル生活の後半はほとんど食欲がなかったし、11日間の隔離病棟での治療を終え、一般病棟に移った時には、7キロ減の72キロの体重しかなかった。この25年では見たことのない数字だ。その…

新型コロナウィルスに感染する ⑬(病院食)

ホテルでは、目一杯のお弁当が毎食出て、体調の悪化とともにほとんど食べられなくなった。無症状の待機者を想定してるみたいだから、それもやむを得なかったろう。 病院では、弁当容器入りの病院食だ。お粥に、梅干しソースをたらす。朝なら、オカズが一品。…

新型コロナウィルスに感染する ⑫(回復期)

6月5日 入院5日目 長男に体調は良くなりつつあるとメールする。看護師さんから、ベッドの上で、身体を拭いてもらったり、頭を洗ってもらったりする。 6月7日 入院7日目 3日以来のレントゲンで、主治医から初めてはっきり肺がかなり改善しているという診断を…

新型コロナウィルスに感染する ⑪(自分を閉ざす/自分を開く)

今はスマホや携帯があるから、隔離された重症の患者のもとにも、家族から励ましのメールなどが入ってくる。それが力になるケースもあるだろうが、僕の場合とにかくきつかったし、独りで痛みを受け入れ、死の運命を受け入れる覚悟を固めていたので、そのこと…

新型コロナウィルスに感染する ⑩(僕の悪夢/妻の悪夢)

治療がきつかった時期、意味不明の悪夢にうなされた記憶が残っているが、はっきり覚えているのは、一つだけだ。 舞台は職場の事務所だが、昔の学校の木造校舎みたいな古くさい作りだ。メンバーも微妙に違う。直接の部下にあたる人がいて、彼のモデルは明らか…

新型コロナウィルスに感染する ⑨(僕の神々)

夜中症状の悪化に苦しんでいるとき、一度だけ、僕は自分の神々たちを思い浮かべたことがある。精神的に一番ダウンしているときだったのか、その中でエアポケットのように心に一瞬余裕が生まれたときだったのかは、今となってはわからない。 病院があるのは、…

新型コロナウィルスに感染する ⑧(生命の倫理)

今の病院に入院させてもらって治療が始まった時は、とても嬉しかった。若い看護師さんの中には、重い病状の僕に「自覚症状」がないのが怖かったと後から教えてくれた人がいた。もちろん辛くなかったわけはない。つきっきりで治療してもらえることが、とにか…

新型コロナウィルスに感染する ⑦(かなり悪くなる)

一般的にいうと、発症から10日くらいで一定期間発熱がなければ、コロナウィルスは消滅したと判断されるらしい。現に軽症の次男は、ホテル泊10日目で無事解放されている。発症から一週間から10日くらいの間に分かれ目があるようで、その時点で食欲が無くなっ…

新型コロナウィルスに感染する ⑥(救急車で搬送される)

7日目の朝になって、前日まで95をキープしていた酸素飽和度が80代にまで落ちた。体温は38.1℃。看護師からの連絡で、入院を検討することになったという。 あわてて、滞在中初めてシャワーを浴びる。それまで身体を洗う気力もなかったのだ。しかし、コロナ病棟…

新型コロナウィルスに感染する ⑤(倦怠感の脅威)

ホテルには、時間つぶしにと思って、何冊かの本を持って行った。とくに今読み続けている今村仁司先生の遺著である『社会性の哲学』は、晩年に先生が自らの死と向き合って人間存在の根本を論じた本だから、コロナ禍の監禁生活の中で読み通すのがふさわしい本…

新型コロナウィルスに感染する ④(ホテルでの日々)

ホテルにつくと、マイクロバスから一人ずつ呼び出され、裏口の受付で防護服のようなものを着た担当者から書類と部屋の鍵を渡される。自分の部屋のあるフロアには、エレベーターホール付近に長机があり、水やスポーツドリンクなどが自由に取れるようになって…

新型コロナウィルスに感染する ③(ホテルの迎えが来る)

妻から二日遅れて、僕と次男がホテルに缶詰めになることになった。妻の出発には、二人はPCR検査で立ち会っていない。物々しいバスがくるから、できたら家から離れたところで待ち合わせした方がいいというのが、妻からのアドバイスだった。 それで近所の街道…

新型コロナウィルスに感染する ②(濃厚接触者の認定)

今回は、僕の住居地の保健所が、感染にかかる濃厚接触者の認定をしたようだ。 長男は、同居の家族として、直ちに濃厚接触者とされたために、2週間の自宅待機の指示がでた。ホテル療養なら、発症から10日で自由の身になれる可能性もあるので、解放の日付に前…

新型コロナウィルスに感染する ①(感染経路と発症)

5月19日(水) 昼前に、妻の知人が自宅に訪ねてくる。僕は不在。妻が玄関先で15分くらい立ち話をして、土産のミカンを受け取る。後で本人に確認すると、この時点で具合が悪く、やっとで訪問したというから、すでに発症していたのだろう。この知人は、自分の…

コロナの足音

昨年の今頃、新型コロナの感染防止ではじめての緊急事態宣言が出た時、感染者数の動向からその脅威はわかっていても、地方都市でなかなかそれを実感することはできなかった。通勤途中の山深い道で、おばあさんがマスクを着けて歩いているのを見て、少しこっ…

低山の恐怖

前々回は、水落山登頂の成功し、前回は迷ったものの何とか高松山に登頂できた。できればこの二つの低山の間の縦走をしてみたい。最初の水落山登山の時にもそれを試みて二つくらいのピークをたどって、竹林の密集した谷の前で断念している。 高松山で迷ったと…

悲劇二題

近所の低山で山道に迷ったことを書いた。大井川歩きの原則を貫いているため、登山の後も重い足を引きずりながら、ボロボロになって家にようやくたどり着く。これはその直後の話。 遅い昼食を食べに行こうと、駐車場から車を出す。いつものように右方向へ。そ…

夢野久作の忌日

今日は、東日本大震災から10年の日だけれども、最近、僕の高校の卒業式の日でもあったことを思い出した。学園紛争の「成果」でいろいろ自由だった高校で、人気投票で話をする教師が決まり、卒業生が立候補で勝手な話をするようなゆるい式だった。 また、今日…

凍結の恐怖

今年二度目の寒波がやってきて、この地方の二度目の大雪となった。大雪といっても、職場の庭で計った積雪は、前回は6センチ、今回は9センチだ。特に今回の雪は、深いようでもふかふかで、比較的あっさりと溶けてしまう。 昨日からの雪にも、自分の中では車で…

お札が増えるという事件

カーナビが完全にいかれてしまった。使いこなせてはいないが、少なくとも地図としては役立っていたし、オーディオの機能もあるから音楽が聴けなくなるのは、バンメのニューアルバムが出たこの時期にはことさら痛い。 古い車だけれども、まだ数年は乗るだろう…

やま首の恐怖

モチヤマの集落を歩いているとき、屋敷の庭でゴミ出しをしている人がいたので、あいさつをして、津屋崎に抜ける山道について聞いてみる。 それを手始めに、モチヤマのことをいろいろ聞くと快く教えてくれる。もちろん僕の方も、モチヤマの知り合いの名前や村…

タクシー病院突入事件(事件の現場9)

次男を検査のために博多の原三信病院に連れていく。この病院は、タクシー暴走事件の現場になったことと、その不思議な名前で記憶に残っていた。原三信(はらさんしん)というのは、福岡藩の範囲が代々襲名する名前で、現在の病院は、第13代原三信が、1902年…

ジュニア版日本文学名作選『怪談』 小泉八雲 1965

子どもの頃にお世話になった偕成社のシリーズで、小泉八雲(1850-1904)を読む。「耳なし芳一」も「ろくろ首」も「茶碗の中」もとてもいい。懐かしいだけではなくて、とても面白く色あせていない。「盆踊り」について書いたエッセイも読ませる。 西欧人から…

『ドグラ・マグラ』 夢野久作 1935

読書会の課題図書で、およそ40年ぶりに再読する。ところどころ覚えていて、大学生の時、読み通したことは間違いない。いつか読み直したいと思っていたので、飛び入り参加となる会のために、かなりのスピードで一気に読んだ。 期待以上に面白く、よくできた重…

年末の一日

大晦日になってようやく時間がとれたので、小倉の黄金市場にでかける。「なんもかんもたいへん」のおじさんに年末のあいさつをするためだ。 モノレールを降りて、黄金市場の入り口に近づくと、意外なことにいつもより人通りが多い。寿司屋の前には、ビニール…

台風19号(ハギビス)の恐怖

台風の通り道といわれるような地域で暮らしているので、ずいぶん台風のことはわかったつもりになっている。 台風の進行方向で右側が風が強くなるが、左側はそれほどでもない。しかし、右側で近くを通っても、風がそこまで強くないときもある。屋根がわらがた…

諸星大二郎の通勤電車

通勤電車に乗る人間は、電車内の人間たちだけでなく、沿線の風景にも無関心になる。これは僕にも経験があるが、たとえば沿線の途中の駅について、何年も同じ路線を通っていて、定期券でいくらでも途中下車が可能であるにもかかわらず、特別な用でもなければ…

『ファンタズム』シリーズ ドン・コスカレリ監督 1979-2016

90年代の初めの頃、ホラー映画ばかり見ていた時期がある。レンタルビデオ店のホラーコーナーを借りつくしたくらいだった。当時もすでに『ファンタズム』はマニアの間では有名で、1979の1作目と1988年の2作目、1994年の3作目はみていたと思う。その後、1998年…