大井川通信

大井川あたりの事ども

日々のこと

誕生日の資格試験

朝から試験会場の大学に行く。長男の通った大学だけれども、卒業後は足を向けてはいないから、懐かしい。会場に入ると、年齢層は思ったよりばらつきがあり、少し安心する。やや傾斜のある大教室で、まとめの小冊子に必死で目を通しているうちに開始時間とな…

試験前日

朝からコメダ珈琲に行って、2時間ひたすら過去問を解きまくる。本当はもっと早く過去問を解いておいて、試験前日は暗記事項の再チェックですませるべきだが、後手に回った。過去問で知識の総まとめを行い、まとめ用の冊子(既製品)に不足分を書き込んでいく…

銀杏の黄葉

この秋は、資格試験の勉強など再就職の準備のためにバタバタして、紅葉をすっかり見逃してしまった。ババウラ池のモミジも、気づいたときには散りかけている。 ようやく間に合ったのが銀杏だ。こうしてみると、里山の中にも、古い集落の中にも、銀杏はところ…

脳科学者の話を聞く

仕事がらみで、脳科学者の講演を聞いた。有名学者だけあって、素人にもよくわかる気の利いた話で楽しかった。テンポよく要所で、錯覚図形をプロジェクターに映す。効果抜群の画像だから、聴衆を驚かせて飽きさせない。 錯覚はおもしろい。僕は子どもの頃、社…

安部さんからの葉書

闘病中の安部文範さんからハガキをいただく。驚き、かつ喜ぶ。 後遺症の影響かやや字体が違って見えたが、よく読むと間違いなく安部さんの文字だし、何より文体は安部さんそのままだ。コロナ禍で病院へのお見舞いはできないし、今年初めの段階では回復具合も…

火球を見た

夫婦で訪れたショッピングモールで勤め帰りの次男と待ち合わせて家に帰ろうとするときだった。立体駐車場から降りてすぐの路上。時刻は、午後8時10分を過ぎたあたり。進行方向の頭上に、明るい火の玉のようなものが斜めに走ったのがフロントガラス越しに見え…

ツツジとフジ棚

菜の花と桜がすっかり終わって、まちを歩くと、ツツジの花が目立つようになった。 実家のあった国立には、かつて東京海上火災の計算センターがあって、歩道側の斜面にツツジが植えられていた。ツツジが咲き誇ると、毎年家族でそれを見に行った思い出がある。…

八王子の思い出

「八王子は決して武蔵野には入れられない」と国木田独歩は『武蔵野』に書いている。 子どもの頃の僕にも、八王子はどこか遠い場所だった。学校の遠足でたまに高尾山にでかけるくらいで、デパートでの買い物なら隣町の立川で十分だから、八王子まで足を伸ばす…

林を出でて林に入り

東京から遠い地方に生活の場所を移してしまったから、卒業した学校の同窓生に会う機会はほとんどない。全国区のマンモス大学の卒業生ですらめったに会わないのだから、ローカルな小中高の同窓生とは無縁なのだ。 地方では、大学というよりも、出身高校による…

春の花

例年より開花がはやく、サクラが盛りを迎えようとしている。満開のサクラは淡く上品で、毒々しさはないけれども、やはり異様な生命力を感じる。先人がいろいろな想像力をかきたてられてきたのも無理はない。 職場近くの民家の庭では、早いうちから梅の花がき…

りぼんちゃんの手術

りぼんちゃんが去勢手術をした。 お腹の毛をそっているから、傷口の回りは薄いピンクの肌が露出している。皮膚はすべすべで柔らかい。獣医さんが包帯を巻いてくれたが、すぐにずれてしまう。翌日には、傷を舐めないための襟巻(エリザベスカラー)を買ってき…

菜の花の河川敷にて

ヒバリがあがる。またヒバリがあがる。河川敷のあちこちの草地の上で、ヒバリたちは縄張り争いで忙しい。広い畑地のようにはめくるめく上空にはあがらず、(縄張りを見失わないように)低い空でしばらく鳴くと、すぐに下りてきてしまう。 河川敷はいつのまに…

九太郎の誕生日(祝二歳)

今日は猫の九太郎の二歳の誕生日だ。しかしここのところ九太郎は、ずっとご機嫌ななめで気がたっている。原因は、先月から同居猫になったリボンの存在だ。 ボンちゃんが来るまでの九太郎の生活はこうだ。 朝起きると、妻に「おかーん(おかあさん)」「おあ…

2月23日

自分にとってだけ、忘れがたい日にちというものがある。私的な記念日ではあっても、結婚記念日や家族の誕生日や忌日であったりしたら、それはどこかの公的な記録に書きつけられている日付だろう。人が個人的に大切にすべき日にちとして、社会的にも公認され…

猫の集会

リビングで、長男と会話をする。昨秋に再就職した長男だが、今月に入ってからは緊急事態宣言の継続で、在宅勤務の日が多い。家族や猫とかかわるのが気晴らしになるのか、すっかり穏やかな表情になって、ふつうに話ができるようになった。 仕事の話から、本の…

りぼんちゃんと九太郎(三週目)

三週目に入って、りぼんちゃんと九太郎の関係もだいぶ落ち着いてきた。九太郎は相変わらず二階に偵察にやってくるし、りぼんちゃんが一階に来ていても、あわてたり騒いだりすることもなくなった。 りぼんちゃんはいたって自然体で、一階リビングの九太郎のゲ…

りぼんちゃんと九太郎

りぼんちゃんが家に来て一週間。二階の部屋にケージを置き、教えられたとおりに、一階に住む九太郎と、少しずつ顔合わせの機会をつくるようにした。 りぼんちゃんは生まれて半年間、猫族の中でもまれて育ってきているから、九太郎をみかけてもまったく動じな…

りぼんちゃんのやってきた日

九太郎に続いて、二匹目の猫が我が家にやってきた。7月7日の七夕生まれだから、生後半年になる。秋の雑木林のような、はなやかな体色をしている。あるいは、そこから抜け出してきたリスのようだ。おでこに縦にミカン色の模様が目立つ。 キクイタダキ(菊戴)…

ぽけっとがいっぱい

長男が幼児の頃、ポケットが大好きだった。本人のリクエストで、ズボンには、母親が追加のポケットをいくつも縫い付けていた。 ウルトラマンの変身アイテムや、ピストルみたいな武器を、ひとつひとつそこにいれるのだ。それで家の中では、自動車に見立てた…

10年日記の効用

小学校の2年くらいから中学生の頃まで、父親に言われて日記をつけていた。初めのうちは親が点検していたから、小学生の内は毎日つけてある。中学の後半はもう書かなくなっていた。その後、社会人になってからも時々日記をつけようと思い立つが、2月か3月…

オリンピックと万博とリッカーミシン

リッカーミシンの立川工場をネットで検索したら、東京五輪を回想する記事が見つかった。1964年に開かれたオリンピック代表選手の壮行会の写真を取り上げている。前に立つ吉岡隆徳監督や依田郁子選手らの姿と、その前に並ぶ工員たちの後ろ姿が写っている。工…

読書会のあと深夜の街を爆走する

昔、20代の頃、東京郊外で塾教師をしていた時、夜遅く仕事が終わってから、講師仲間で湘南の海までドライブしたことがある。僕は行かなかったけれど、日本海を見ようと北陸まで出かけた仲間もいる。みんな若かった。 時と所が変わって、博多の街。読書会の仲…

河川敷の思い出

広々とした河川敷を歩いていると、体内から河川敷の思い出がよみがえってくる。雑木林に入ると、わくわくして昆虫を探し回った気分が自然とわいてでてくるのと同じことだ。 子どもの頃、近くにある大きな川は多摩川だった。そもそも地元の街が多摩川の流れで…

どぶ板を踏む/沈下橋を渡る

今の職場の昼休みの散歩コースはバラエティに富んでいる。しばらく、裏の丘陵の中や周囲の自然の多い道を歩いていた。大きな岩をまつった神社や、古墳が森の中に出現したりして、変化あり起伏ありで面白い。人にも会わないから、大声で詩など暗唱して歩いて…

九太郎のストレス

九太郎が血尿を出した。トイレの砂場に行く回数も多くなって、尿が出づらくなっているようでもある。心配して、かかりつけの動物病院に連れていく。あまりいい思い出がないはずの外出用のバッグに自分で入ったというから、具合が悪いことを分かっているのか…

ノーベル賞と落葉掃き

ノーベル賞受賞の科学者の講演を聞いた。 かなりかみ砕いて研究成果を話してくれたのだが、やはり途中で振り切られて、理解が追い付かなくなった。ただ、生物の細胞の話をする中で、合成とともに分解が重要であるという指摘が面白かった。 ふつうはモノが作…

同窓会の連絡

3月まで働いていた職場から電話がある。僕の中学校の同級生という女性から電話があったそうで、携帯の番号を聞いているので、連絡してあげてほしいという。 名前を聞いても、あの人だという明確な像を結ばない。しかし、まったく知らない人という感じでもな…

生活を改善する

今月から、食生活を中心として、生活改善に取り組み始めた。まあ、ダイエットということだが。今までに何度となく行ってきて、中途までで投げ出してきたことだから、気恥ずかしいが、今度こそは完遂する。 やはり親しい友人が続けて突然の病魔に襲われたこと…

河童忌の一日

昨年は、いろいろな作家の忌日を意識して作品を読むきっかけにしたが、今年はすっかり忘れていた。子どもの頃から頭にあった河童忌になって、ようやくそれを思い出した。 月曜の朝から左ひざが痛くなり、翌日には足をひきずるようになって、数日間安静にして…

親子の刻印

新聞を見ていたら、山家悠平という女性史研究家のインタビュー記事が出ている。山家には「やんべ」という読みが振ってある。比較的珍しい名字だろう。そこに悠という、これまた個性的な漢字が並んでいる。すぐにピンときた。 僕が20代の頃、地域活動で印象に…