書評
僕より一回り若い論者による、本や研究をめぐる往復書簡。「一回り」とは古い言い方だが、なるほど世界が更新されるのに十分な期間なのかとあらためて思った。「十年一昔」という言葉もあったっけ。 いわゆる哲学・現代思想といわれる分野の専門家たちだから…
井亀あおいさんが最期の時に手にしていた小説。2014年に出版の最新の翻訳で読む。たまたま買っていて手元にあったのだ。 原題は小説の舞台を示す『別荘で』というあっさりしたもので、こちらの方がずっとよい。いかにもかつての日本人好みの邦題だが、モーム…
読書会の課題図書。 表題作の第一話だけ読んだときは、子どもが主人公のためか「冒険」「友情」「自己犠牲」といった地上的で単純なテーマが透けて見える気がして、架空の世界を自由に楽しむ気にはなれなかった。 全体を通じて同じ難点は感じられるのだが、…
昨年出版された見田宗介(1937-)の新著を読んで、著者の衰えのようなものを感じたと書いた。今年に入って、20年前の『現代社会の理論』(1996)を再読して、全盛期の著者の力にあらためて魅了されるとともに、今から振り返るとやや物足りなさも感じてしま…
魅力的な書名。信用のおける著者。活字も大きく薄めの新書。にもかかわらず、読み終えるまでにずいぶん時間がかかってしまった。ようやく手に取ったのが一カ月以上前だったと思うし、そもそも10年以上前の出版だというのが信じられない。まっさきに購入して…
読書会で、見田宗介の新著『現代社会はどこに向かうのか』が課題本となり、昨年すでに読んでいるので、以前読んだこの本を再読してみた。 20年前には感激して、後書きにある「ほんとうに切実な問いと、根底をめざす思考と、地についた方法とだけを求める精神…
読書会の課題図書で、光文社古典新訳文庫の『書記バートルビー/漂流船』を読む。 日本で言えば黒船来航の頃の作品だし、文豪の書いたものだし、正直あまり期待していなかった。しかし、二作品とも、予想をこえて読み物として十分に面白かった。 設定もシンプ…
『キッチン』の読書会のあと、「真顔でケンカをうっているみたいだった」と言う人がいた。この作品が好きで課題図書に押した人の意見を全否定しているみたいに取られたのだろう。自分としては根拠を示して批判したつもりだが、反省してみれば、そういう発想…
読書会の課題図書。近来稀な不思議な読書体験だった。微妙に違う方向を向いたセリフやふるまいが並ぶため、イメージがハレーションを起こし、どの登場人物も生きた人間としてリアルな像を結ばない。たとえば、祖母の死という決定的な出来事の受け取り方でも…
読書会の課題本。2017年刊行の河出文庫の短編集。著者カナファーニー(1936ー1972)はパレスチナに生まれ、難民となり、パレスチナ解放運動に参加するかたわら小説を執筆。36歳で暗殺されるが、遺された作品は、現代アラビア語文学の傑作として評価されてい…
嵐山光三郎は、地元国立の近所に住んでいたので、街で見かけることがあった。夜の街角で、街灯に照らされて目の前を横切った自転車に、嵐山光三郎が乗っていて驚いたことがある。当時、人気テレビ番組に出演していて、顔は広く知られていたのだ。そのころは…
読書会の課題図書で、岩波文庫の安吾の短編集を読む。以前柄谷行人が安吾の再評価をした時、評論を読んで、なるほど面白いと思っていた。しかし今小説を読むと、『風博士』『桜の森の満開の下』『夜長姫と耳男』などの一部の特異な作風の作品をのぞいては、…
亡くなった父の蔵書には、文学書のほか、昭和史や戦争に関する記録が目立つ。実家をたたむので、僕も思い入れのある詩集などを持ち帰っていたのだが、今回ちょうど吉本論を読んでいたせいだろうか、戦争体験の手記が気になって、何冊かもちかえってみた。こ…
今、かなり売れている新書らしい。確かにくだけた比喩を使うなどして、かなりわかりやすく、目新しい学説を紹介している。しかし、実際には複雑な人類の進化史を踏まえているだけに、すんなり読み通せる内容ではなかった。 子どもの頃、図書館で人類史の本を…
ちょうど一年前から、小説を読む読書会に参加するようになった。月に一冊とは言え、小説を手に取る機会をえたのは大きい。ついつい批評家気どりで、理屈をあれこれつけることに夢中になってしまうけれども、純粋に楽しんで読める作家にも出会うことができた…
エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』(1841)は、史上初めての推理小説であり、このジャンルにおける原型を作り出したといわれる。以下は、素人探偵のデュパンが、語り手を相手に謎解きをはじめる場面の描写。 「その間も、デュパン君は、依然と…
はじめから逃げをうつようだが、西尾維新という作家も、彼が描く作品のジャンルも、ほとんど何もしらない。おそらくジャンルによる特有の約束事や、楽しみ方のようなものがあるのだろう。それだけでなく、巻末の作品リストや、帯でのコピーから判断するかぎ…
面白かった。1993年から2002年の間に雑誌連載され、単行本化されたもののベストセレクションである。大部分が読んだ記憶のあるものだが、時代をおいてあらためてゆったりと活字を組んだ紙面で味わうと、彼女の絶妙ともいえる指摘やこだわりと、それを最小限…
読書会の課題図書で、ウェルズ(1866-1946)のSFの古典『タイムマシン』(1895)を読む。 タイムマシンを発明した主人公は、80万年後の世界へ行くが、そこは、地上に遊ぶ穏やかなイーロイ人と、地底で生産活動に従事する恐ろしいモーロック人という二種族が…
母親の法要で実家に帰省した時、亡くなった父親の書棚から借りて読んだ本。中島敦(1909-1942)の自筆原稿をそのままの大きさで復刻したもので、古い原稿用紙をそのまま読むような不思議な感覚を味わえた。父親は以前、代表作『李陵』の自筆原稿版も所有し…
読書会で、二葉亭四迷(1864ー1909)の『平凡』を読んだ。岩波文庫には、表題作のほかに、エッセイの小品がいくつか収められているが、これも面白い。表題作のモチーフである文学批判を、ざっくばらんに語る中で、びっくりするくらい鋭い知性の輝きを見せて…
自分自身が老境に近づくと、かつて親しんだ思想家たちもすいぶんと高齢になり、この世を去った人も多くなる。かつての若手すら、もう70代になっている。彼らの新しい著作を読むと、年齢という要素が大きいことに気づくようになった。思想家といえども、抽…
読書会の課題図書。ブッツァーティ(1906-1972)はイタリア人作家。カフカの再来とも言われるらしいが、ある辺境の砦をめぐる寓話的な作風で、とても面白かった。 主人公のドローゴは、士官学校を出たあと、辺境の砦に将校として配属になる。砦では、軍隊式…
気づくと、憲法記念日だ。『五日市憲法』に関する新刊を買っていたので、読み通してみた。面白かった。五日市憲法については、学校で習った記憶がある。今では、小学校の社会科の教科書にも取り上げられている。 著者は、東京国分寺の東京経済大学で、色川大…
読書会で、この作品の入った短編集(創元推理文庫『人でなしの恋』)を読む。 浅草木馬館(メリーゴーランド)の初老のラッパ吹きが主人公。貧しく気苦労の多い家庭生活と、木馬館での仕事に打ち込む自負心。同僚の切符切りの娘への愛情にひと時の慰安を得て…
たぶん高校生の頃読んで、惹きつけられた作品。およそ40ぶりに再読しても、古びた印象はなかった。なにより、終戦後5、6年という時期に、『飢餓同盟』よりも早く書かれていたという事実に驚く。 同時代を舞台にしていながら、近未来的というか、無時間的…
以前、仕事で使った本。必要があって、ざっと再読してみた。 トルストイの小説に、「幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」という有名な言葉がある。しかし、著者によると、全国の行き詰っているホテル・旅館…
『夏の花』三部作といわれる「壊滅への序曲」「夏の花」「廃墟から」の三作を収録した集英社文庫で読む。 「壊滅への序曲」は、前年に妻を亡くして実家に疎開してきてから、原爆投下の直前までの様子を描く。時期的には最後に書かれたものらしく、作者をモデ…
読書会の課題図書なので、さっと読んでみる。 個性的な人物同士が、せまい温泉町の五日間に、饒舌に自己を語りながら運命的にからみあう、という小説。いかにも作り物めいた虚構の世界にぐいぐい引き込まれるのは、登場人物がそれぞれ、人間の本質の「典型」…
武者小路実篤(1885-1976)の二十代半ばの作品。付録として五つの小品を収録した出版当時と同じ内容で、新潮文庫に収められている。 手記の形をとった一人称の文体だが、実にストレートで主人公の思いを自在に、くもりなく語っている。今読んでも、少し言葉…