大井川通信

大井川あたりの事ども

詩と詩論

伊藤桂一の「風景」

竹藪で誰かが竹を斫(き)っている/竹は華やかな叫びをあげて大げさな身振りで仆(たお)れてゆく/そのあと 天がますます明るくなる/これから斫(き)られる竹は身を寄せあい/羞(はずか)しげな含み笑いを交しながら/なぜだか嬉しそうに順番を待ってい…

いづこより礫うちけむ夏木立 与謝蕪村 1769

詩歌を読む読書会で、蕪村(1716-1783)の句集が取り上げられることになった。子どものころから蕪村が好きで、背伸びして全集第一巻の全句集を購入した僕にはありがたい機会だ。けれど課題図書である角川ソフィア文庫版句集所収の1000句を検討する余裕はと…

二人の山本太郎

つい先日、詩歌を読む読書会で、詩人の山本太郎の話が出たと思ったら、通勤途上の路上で、山本太郎来る、のビラをもらった。こちらは、政治家で元タレントの山本太郎だ。 大学生の頃、現代詩を読み始めたころ、山本太郎(1925‐1988)の影響を受けた。現代教…

「痕跡を消せ」 ブレヒト 1926

仲間とは駅で別れろ、/朝、街にはいるとき上着のボタンをきちんととめろ、/ねぐらを探せ、たとえ仲間がノックしようとも、/開けるな、いいか、ドアは開けるな、/それよりまず/痕跡を消せ! ハンブルクであれどこであれ、親に出喰わしたら/そしらぬ顔で…

「都会人のための夜の処方箋」 ケストナー 1930

どのバスでもいい、乗りこむこと。/いちど乗りかえてもかまわない。/行先は不問。いずれわかってくる。/ただし、夜を厳守すること。 いちども見たことのない場所で/(当件にはこれが必須の条件)/バスを降り、闇の中に/身を置くこと。そして待つこと。…

九大病院の長塚節

九州大学医学部病院というと、ドグラマグラの舞台になったり、生体解剖事件が起きたりしたなど、おどろおどろしいイメージがあるけれども、最近、知人から、歌人で小説家の長塚節(1879-1915)の終焉の地であることを教えられた。 長塚節の代表歌集が『鍼(…

漱石の句を読む

読書会で岩波文庫の『漱石俳句集』を読んだ。 順番に一つ作品を選んで感想をいい、参加者全員からコメントをもらうというやり方(これを三巡する)の会だから、自分が一ネタをしゃべれるだけではなく、各人それぞれの読み方ができるふくらみをもっていること…

郷土望景詩三篇

萩原朔太郎のエッセイ『芥川龍之介の死』には、朔太郎の「郷土望景詩」を朝の寝床で読んだ芥川が、感動のあまり寝巻のままで朔太郎の家に押しかけて来た顛末が書かれている。それは朔太郎自身が「鬱憤と怨恨にみちた感激調の数編」と呼んだものだが、これだ…

詩を選ぶということ

4年前に詩を意図的に読み続けようと決意して、ちょうど3年前から詩歌を読む月例の読書会に参加するようになった。近ごろになってようやく、詩集を手に取ったり、詩を読んだりすることに抵抗がなくなってきた気がする。 他人の作った詩がわからないのは当た…

大手拓次を読む

学生時代、熱心に詩を読んだり書いたりしていた頃、大手拓次(1887-1934)の存在が気になっていた。今回読み返してみても、詩作品そのものが印象に残っているわけではない。生前に詩集を持てずに不遇だったことや、ライオン歯磨きの会社員をしながら女性職…

とほい空でぴすとるが鳴る

萩原朔太郎の故郷の前橋を訪れた。 少年時代から愛唱している朔太郎の詩には、前橋の風景がよくうたわれていて、実際に目の当たりにするのは、ファンとしてたまらない。 広瀬川は街中を流れる小さな川だが、利根川水系だけあって、その水量がすごい。「広瀬…

あかるさの雪ながれよりひとりとてなし終の敵、終なる味方

『新・百人一首』からさらに一ネタ。 三枝昂之(1944-)の歌。60年代の「政治の季節」を背景にしており、終(つい)の敵も味方もいない孤立の深さを流れる雪の明るさが際立たせている、ということかもしれないが、敵味方を峻別する政治思考をリアルに感得で…

スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学

『新・百人一首』からもう一ネタ。 永田和宏は、細胞生物学の京大名誉教授でもある著名な歌人だが、この代表歌について裏話をしている。「星の動きなどを記述する美しい古典力学に憧れて物理学に入ったのに、量子論となるとまったく理解できない。早々に物理…

『新・百人一首』 岡井隆・馬場あき子・永田和宏・種村弘(選) 2013

「近現代短歌ベスト100」が副題の文春新書。 すぐれた短歌を味わいたいと思って手に取ったのが、一読、正直なぜこんな歌が選ばれているのだろうと不可解に思う事も多かった。一方、以前から知っている歌については、なるほど素晴らしいと了解できた。 おそら…

寺山修司の三首

詩歌を読む読書会では、課題図書の中から三作品を選び、順番にそれを披露していくことになる。他の参加者も、それについてコメントを求められるから、参加が5人でも、合計15作品について、すべて自分なりの批評を加えることになる。これにはかなり鍛えられる…

カミソリの下

詩歌を読む読書会で、寺山修司の歌集をあつかう。昨年末ベンヤミンからの連想で寺山修司のエッセイを読み返してみたり、競馬のマイブームにより寺山の競馬論に手を出したりしていたところだったので、ベストのタイミングだった。 まずは、ずいぶん昔からもっ…

対訳『ディキンソン詩集』 アメリカ詩人選(3) 1998

今回の詩歌を読む読書会は、この岩波文庫が課題図書。僕は翻訳詩が苦手で、ほとんど読んだことがないし、たまに見たとしてもそこに「詩」を感じたことがない。 今回外国の詩が課題図書に決まり、困ったことだと思いながら読み出したら、意外にも面白かった。…

「春の寺」 室生犀星 1914

うつくしきみ寺なり/み寺にさくられうらんたれば/うぐひすしたたり/さくら樹にすずめら交(さか)り/かんかんと鐘鳴りてすずろなり/かんかんと鐘なりてさかんなれば/をとめらひそやかに/ちちははのなすことをして遊ぶなり/門もくれなゐ炎炎と/うつ…

詩集『動詞』から(続き)

高橋睦郎(1937~)の動詞の連作は、たぶん学生の頃、その一部が雑誌のバックナンバーに掲載されているのを見て知ったのだと思う。後に現代詩文庫のなかに、詩集の一部が収録されているのを見つけて、読み返した。 昨日は、哲学的な問いの結晶みたいな作品を…

『動詞Ⅰ、Ⅱ』高橋睦郎 1974、1978

念願だった二冊の詩集をようやく手に入れることができた。ネットで簡単に状態のいい古書を見つけたというわけだが、やはりうれしい。 ざっと目を通してみたが、やはり現代詩なので、即座にどれもこれもいいと感じるわけではない(ちょっと残念)。でも、きっ…

うしろすがたのしぐれてゆくか

姉が定年退職後にちょうどコロナ禍にぶつかってしまい、家籠りをしている間に、山頭火のファンになっていた。山頭火といえば、父親が好きだったことがあり、子どもの頃父親から教わった記憶がある。 父親は僕と同じ様に熱しやすく冷めやすい人だったから、山…

高良留美子の詩

今年も多くの著名の人が亡くなった。記事にしたいと思いながら、書けなかった人も多い。つい先日、新聞で詩人の高良留美子(1932-2021)の訃報に接した。高良留美子は、大学時代、詩をよく読んでいたときに愛読していた詩人の一人だ。現代詩文庫の解説で岡…

キャベツ論 ― 齋藤秀三郎さんのキャベツに寄せて

キャベツをくるむ葉の一枚、一枚の、支脈と隆起がつくりだす無限の複雑さ。 キャベツの葉がくるむキャベツは、しかし、無数のキャベツの葉によって構成されているから、キャベツの実体とは、実は、当のキャベツがくるむキャベツの葉そのものである。 一枚一…

漢詩を読む

このところ読書会は、毎月の小説を読む読書会と、詩歌を読む読書会、それから隔月の評論(哲学・思想)を読む読書会に参加している。それと読書会ではないが、毎月の吉田さんとテーマを決めた勉強会でも書物が話題になることが多い。 小説を読む会は3年間、…

露天風呂の祈り

退院明けには湯治と思って、何回か続けて近所の温泉に行ったが、長続きはしなかった。気分転換をしようと、およそ4カ月ぶりに温泉に入る。 平日の日中だから、それほど混んではいない。広い野外のスペースがあって、そこにタイプの違う露天風呂が並んでいる…

田村隆一の詩を読む

いつも参加している詩歌を読む読書会で、田村隆一の詩集が課題図書になった。 田村隆一(1923-1998)は、戦後派の詩人の中でもとりわけ好きな詩人である。現代詩文庫も三冊買いそろえ、初期の名作だけでなく後年の作品にまである程度目を通している。僕にと…

『鮎川信夫詩集』 現代詩文庫 1968

久しぶりに詩を読む読書会に参加。 鮎川信夫は、荒地の有名詩人だが、若い時にそれほど熱心に読んではいなかったので、いい機会だと思って通読する。 ただ、結局、自分にとって特別に好きな一篇を見つけることができなかった。その特別な一篇を見つけられた…

『郷原宏詩集』 新・日本現代詩文庫 2013

郷原宏(1942-)は、若いころに、旺文社文庫の『立原道造詩集』や『八木重吉詩集』の解説者として親しんでいた。近年では、お気に入りのアンソロジー『ふと口ずさみたくなる日本の名詩』の選者として的確な批評の言葉に感心させられた。詩は、大昔、探偵を…

『二十億光年の孤独』を読む

谷川俊太郎(1931-)の名前を新聞などで見ると、その記事や作品から目をそらすのが習慣になっていた。詩集も何冊かもっていて、気に入った作品がないわけではないのだが、詩人といえば谷川俊太郎を出しておけばいい、あるいは、谷川の詩句ならなんでもあり…

「秋の西行」と「芭蕉のモチーフ」

加藤介春(1885-1946)は地元ゆかりの詩人で、たまたま古書店で見かけた『加藤介春全詩集』(1969)を手に入れた。戦前の詩壇ではそれなりの注目を受け、博多では新聞社で夢野久作の上司だったりもしたらしい。没後かなり経ってからの出版で、実際には代表…