大井川通信

大井川あたりの事ども

詩と詩論

北風に人細り行き曲がり消え

『覚えておきたい虚子の名句200』から。 どうしても教科書やアンソロジーで知っていた句ばかりが目についてしまうのは、名句としてのパワーと味わってきた経験の蓄積があるから、仕方ないのだろう。 その中で、初読ながら、ガツンとやられた句。 北風の中を…

虚子名句二題

一年半ばかり前、日本近代文学会の企画展で、近代詩人たちの自作朗読を聞く機会があった。急ぎ足での訪問だったので、じっくりとは聞けなかったが、やはり朔太郎の声には感激した。初老のやんちゃなオジサン風なのがいかにも朔太郎らしかった。 三好達治の「…

金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな

読書会で高浜虚子の句集を読む。やはり人口に膾炙した名句のいくつかに引き付けられる。教科書やアンソロジーで親しんできた付き合いの深さが、句の理解と関係してくるのかもしれない。その中でも、今回は、この一句が僕の中では圧倒的だった。漢字が難しく…

『厄除け詩集』 井伏鱒二 1977

詩歌の読書会で読む。この課題図書を知らされた時、詩の専門家でない文士の詩集なんてと、やや期待外れに思う気持ちもあった。でもこの薄く難しいところのない詩集を実際に読んでみて、出会えてよかったと思えたし、今後愛読していくだろうと感じた。 自分の…

「わが人に与ふる哀歌」 伊東静雄 1934

太陽は美しく輝き/あるひは 太陽の美しく輝くことを希ひ/手をかたくくみあはせ/しづかに私たちは歩いて行つた/かく誘ふものの何であらうとも/私たちの内(うち)の/誘はるる清らかさを私は信ずる/無縁のひとはたとへ/鳥々は恒(つね)に変らず鳴き/…

佐々木信綱の歌

詩歌を読む読書会で、佐々木信綱(1872-1963)の短歌のアンソロジーを読む。僕が選んだ三首は以下のとおり。 ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲 夜更けたる千駄木の通り声高に左千夫寛かたり啄木黙々と 白雲は空に浮べり谷川の石みな石のおの…

すべての到着したものは此処に滞在し、古くから在るものはいよいよ処を得るでせう。

詩は、名作のアンソロジーで読むのが一番いい。特定の詩人の詩集では、読み手にとって当たりはずれがどうしても多くなる。専門的な読み手ならそれでもいいかもしれないが、一般の読者にはストレスが大きすぎて、本を投げ出すことになってしまう。 郷原宏が編…

萩原朔太郎「虎」1934

虎なり/曠茫(コウボウ)として巨象の如く/百貨店上屋階の檻に眠れど/汝はもと機械に非ず/牙歯(キバ)もて肉を食ひ裂くとも/いかんぞ人間の物理を知らむ。/見よ 穹窿(キュウリュウ)に煤煙ながれ/工場区街の屋根屋根より/悲しき汽笛は響き渡る。…

翻訳詩を読む

読書会の課題図書で、ボードレールの『悪の華』(再版 1861)の安藤元雄訳を読む。僕はもともと翻訳された詩というのは、まがいもののような気がしてあまり読む気がおきなかった。 若き芥川が、「人生は一行のボードレールにも若かない」とつぶやいた頃は、…

通りすがりの女に

朝からコメダ珈琲で、ボードレールの『悪の華』をしこしこと読む。この訳詩集の中に、「通りすがりの女(ひと)に」というタイトルの、こんな詩があった。 街中で、一瞬、喪服姿の美しい女性とすれちがう。彼女の瞳に、「魂を奪うやさしさ」と「いのちを奪う…

クリスマスの朗報

7月に倒れて長期に療養していた安部さんの意識が半年ぶりに戻ったという連絡を受ける。車椅子に乗り、筆談ができるまでに回復しているという。特別にお見舞いを許された人のことをきちっと認識し、漢字も書けているという。 ただ、安部さんの伝えたい内容が…

芭蕉と「海をながれる河」

暑き日を海に入れたり最上川 おくのほそ道ネタをもう一つ。 これも有名な句だが、読書会で読んだ入門書には、「暑き日」は暑い一日の意で、暑い太陽の意にはとらない、という解説がついている。しかし、暑い一日を最上川が海に流している、ということは理屈…

芭蕉と「流域思考」

読書会のために、おくのほそ道をざっと通読する。教科書などでさわりの部分を読み込んだりしたが、この有名な古典の全貌に触れたのは初めてで、達成感は大きい。 何より、どういう旅だったのかその内容がよく分かった。次に芭蕉(1644-1694)の人となりがわ…

『一篇の詩に出会った話』 Pipoo編 2020

本当は図書館が苦手だ。図書館の本と上手につきあうことができない。家には購入して読んでない本がたくさんある。たまに図書館で借りても、たいていは読まずに返すばかりだったり、たまに読んでもそれが良くて結局買ってしまったり。 本好きなくせに、そもそ…

新古今和歌集を読む

詩歌を読む読書会で、新古今和歌集の解説本を読む。全2千首の内、80首を解説した角川文庫のビギナーズクラシックのシリーズで、高校の先生が執筆しているためか、背景知識などの記事もわかりやすく、素人にはありがたい。 読書会はいつも通り、参加者各人が…

「城ヶ島の落日」を読む

読書会の課題図書として北原白秋の詩集を読むとき、できればこれは文句なしという傑作を見つけたいと思った。朔太郎好きとしても、二人はほぼ同じ世代で師弟や兄弟のような交流のイメージがあるから、朔太郎に匹敵するような作品があるのではないかという期…

空に真赤な

詩歌を読む読書会で、北原白秋の詩集を読む。岩波文庫の二巻本で、あわせて600頁になるからかなりの分量だ。近代詩の中でも、白秋はまったく読んでなかったので、いろいろ感慨深く、気づきも多かった。国民的詩人と言われていたくらいだから、これが白秋の作…

手にふるる野花はそれを摘み

田んぼの片隅に、彼岸花が姿があらわす季節がやってきた。田園風景を身近に暮らしていると、3月の菜の花、5月の麦秋、10月のコスモスなど、あたりを塗り替えてしまうような大きな景色を楽しむことができる。彼岸花は本数は少なくとも、あちこちにできた深…

『金子みすゞ名詩集』 彩図社文芸部編纂 2011

つういと燕がとんだので、/つられてみたよ、夕空を。 そしてお空にみつけたよ、/くちべにほどの、夕やけを。 そしてそれから思ったよ、/町へつばめが来たことを。 (「つばめ」) 金子みすゞ(1903-1930)の眼はまずは正確に物事をとらえ、手はそれを正…

『尾崎放哉句集』 岩波文庫 2007

詩歌を読む読書会の課題図書。こんなことがなければ手に取る本ではないと思いながら読んでみると、意外な発見があった。 自由律俳句で有名な尾崎放哉(1885-1926)は、東京帝大法科卒のエリートで、保険会社に入社するも挫折し、結核を患ってのち、小豆島の…

ゆあーん ゆよーん ゆあゆよん

父親は、中原中也が好きだった。本箱一つと決めていたらしい蔵書の入れ替わりは激しかったが、中原中也の詩集は、たいていそこにあったし、古本屋で処分してしばらく見なくなっても、また買い求めて復活したりしていた。 ある日、父親は古本屋に買い物に出た…

『みだれ髪』 与謝野晶子 1901

詩歌を読む読書会の準備で、ほぼ400首にざっと目をとおした。見開き頁に対訳のある角川文庫を買ったが、そうでなかったらとても手に負えなかっただろう。開催当日の昼間に、コメダ珈琲にこもって高速でページをめくる。 いくつか気づいた点。 ・現代語訳では…

塀のむこう

九太郎にとって、ドアの向こうの世界が、直接動物病院の診察室につながっているのではないか、と想像して面白がったが、これは人間にとっても同じなのではないか、と思い直した。 たとえば、僕のような郊外の住宅街の住人にとって、ドアの向こうには、住宅街…

井亀あおいさんの詩 

『アルゴノオト』の著者井亀あおいさん(1960-1977)の、もう一冊の遺著である『もと居た場所』をネットの古書でようやく手に入れた。今でも求める読者がいるようで、けっこう高い値段だった。文芸部の雑誌に発表したり、ノートに残されたりしていた小説やエ…

月さすや碁をうつ人のうしろ迄

詩歌を読む読書会で、岩波文庫の『子規句集』をあつかう。正岡子規が生涯に残した2万句の中から、高浜虚子が2300句ほどを選んだ句集だが、その大半にさっと目を通すことになった。もしかしたら、僕が今までに目にした俳句の総数よりも、多かったかもしれな…

初暦五月の中に死ぬ日あり

正岡子規(1867-1892)の明治32年新年の句。 新しいカレンダーが手元に届く。パラパラとめくると、5月あたりに自分が死ぬ日があるような気がする、という句だろう。 病床の子規にとって、これは突飛な思い付きではなくて、かなり現実的で切実な実感だったの…

柿本人麻呂の宇宙旅行

赤色巨星ベテルギウスの異変を知ってから、久しぶりに夜空の天体が気になっている。子どもの頃は天文ファンだったが、それ以降は、彗星が評判になった時くらいしか夜空を観察することもなかった。 大井の里山を開発した今の家に引っ越したばかりの時、まだ周…

「すべての瑣事はみな一大事となり/又組織となる」

詩歌を読む読書会で、高村光太郎(1883-1956)の処女詩集『道程』(1914)を読んだ。ひと昔の前の評論では、日本近代詩の傑作詩集みたいな言葉が躍っているが、今普通に読むと、詩として受け取るのはけっこうきつい。会の主宰も「つまらなかった」ともらし…

朔太郎の声

駒場公園にある日本近代文学館に初めて訪れる。吉祥寺図書館を見学して、そこにおいてあるチラシで、詩に関する企画展を開催していることを知ったからだ。早足で見れば、帰りの飛行機に間に合うだろう。 京王線の駒場東大前駅でおりて、東大駒場キャンパスの…

『若菜集』 島崎藤村 1897

読書会の課題詩集として読む。そうでなければ、絶対に手に取ることのない詩集だったと思う。文語で七五調の韻文というもののハードルはやはり高い。 しかし、3作好きな詩を選ぶという事前課題によって、時間をかけて読み進めていくと、若き島崎藤村(1872-…