大井川通信

大井川あたりの事ども

新米建築士の教科書 飯塚豊 2017

 著者は、「建築士になるための勉強」の機会はあっても、「一人前の建築士として食っていくための勉強」については、テキストもなく学ぶ方法もなかったという。大学では実務に役立つことは教えないし、会社では実務の中で長い時間をかけて身に着けることが要求される。

著者が経験から得た設計術を凝縮し、面倒見のいい設計事務所の所長から日々指導されそうな内容をすべて盛り込んで本書をまとめたのは、そんな欠落を埋めるためだという。(そうした欠落は、多くの専門的な職業に共通ではないか)

不思議なことに、専門書は退屈でも、実際に現場で必要な実践知を解き明かした本は、門外漢の素人にも面白かったりする。ランダムにあげてみたい。

設計に必要とされる「センス」は、実際は過去事例の知識でカバーできるという指摘は、他の分野にも通じそうだ。

「30秒スケッチ」でアイデアを形にしたり、事例を記憶したりするというのは想像がつくが、自宅を含めあらゆる場所で計測する習慣をつけて寸法感覚を身につけよ、というのは、なるほど建築の専門家だと感心した。

小さいところでは、広々した空間の方向を「抜け」と表現すること。

外観からでなく間取りから考えると、魅力的なデザインは生み出せないこと。

魅力的な建築には、内外を関係づける仕組みとして「中間領域」が備わっていること等々。

著者は想定していないようだが、施主の方でも読みたい本ではないのか。自分も20年前家を持つ時に、こういう実務の基礎知識があれば相当役立ったと思うので。