大井川通信

大井川あたりの事ども

原っぱ

東京郊外の僕の実家の隣には、雑木林の空き地があった。そこを原っぱと呼んで、生活ゴミを燃やしたり、キャチボールや木登りや栗拾いをしたり庭がわりに使っていた。

付近の空き地は瞬く間に住宅に埋め尽くされたが、原っぱだけは、家々の隙間に何十年も残り続けた。しかしとうとう数年前、何軒かの新築の住宅に占領されてしまったのだ。覚悟はしていたものの、やはりさみしかった。

そんなことを思い出したのは、大井川歩きの途中、「○○メゾン沖」という名のアパートの玄関に、おそらくオーナーが手書きした小さな説明板を見つけたからだ。

かつてそこには、「沖」と呼ばれた古い屋敷とつつましい家族の生活があったのだという。新しい居住者が「末永くこの名と共に平和な暮らしを進められることを希う」と。

 原っぱのあとも、新しい家族の暮らしが始まっているだろう。僕もそれを祝福していいような気持ちになった。たとえ彼らが僕の思い出に気づくことがなくても。