大井川通信

大井川あたりの事ども

懸造は岩壁にはりつくバッタである

宇佐神宮から内陸に入ったところに院内という町があって、そこには町のいたるところに大小の石の眼鏡橋がかかっている。その町の山深い集落に、龍岩寺がある。僕はこの寺が好きで、若いころから何回もお参りしてきた。

狭い石段を登ると、小さなお寺の建物があって、その脇を抜けると急峻な山道となる。やがて山林越しに岩壁を見上げることができるのだが、張り出した岩壁の下のくぼみに小さなお堂がすっぽりとはまり、床下から伸びた何本かの細長い柱で高く支えられているのが目につく。鎌倉時代の重文奥院礼堂だ。柱のすぐ下の岩場には、一木の階段が、端から端まで斜めに差しかけられている。

懸造(かけづくり)という岩壁の洞窟に建てられたお堂では、鳥取県の国宝三仏寺投入堂が有名だ。僕も一度急な山道を登って、断崖のくぼみに投げ入れたような見事な堂の姿を見に行ったことがある。龍岩寺はロケーションでは及ばないが、個性的な建物の魅力では負けていない。何より木彫の大きな三体の仏様が堂の内陣である岩陰に鎮座していて、間近く参拝できるのがいい。三体とも岩に彫られた摩崖仏のようなおおらかな姿をしている。

懸造は、立地にあわせて少数の軽い部材で組み立てられ、白木の軽快な姿が自然によくなじんでいる。長短の細長い柱をのばして岩壁にはりつく姿は、バッタが手足をのばして踏ん張っているようだ。他の古建築が重厚感や飛翔感を表現しているのとは違い、昆虫が岩場に飛び移った一瞬のような、不安定な瞬間を永遠にとどめるつくりといえるだろうか。古建築の匠の技術と創造力には驚くばかりだ。