大井川通信

大井川あたりの事ども

その後の樋口一葉

読書会で、樋口一葉(1872~1896)の短編の続きを考えるという課題がでた。一葉の小説を読むと、まず大人の世界がしっかり描かれていることに驚く。脇を固める市井の人たちが生き生きとして実に魅力的だ。

主人公の方は『にごりえ』のお力、『十三夜』のお関、『たけくらべ』の美登利、『大つごもり』のお峯と、みな大変な「器量よし」である。特別な美人ゆえに勝手に日の当たる場所に連れていかれ、そこで周囲の人間の運命を狂わせたり、その巻き添えになって自分も不幸になったりする。

ただし、こういう物語に読者として魅了されたり、現実の世界でもこういうパターンにはまったりしてしまう構造は、今でも120年前とあまり変わっていないような気もする。むしろ男女を問わず、様々な場面にこの構造が拡散しているのではないか。たとえば、リアルでは「情熱恋愛」を回避する若いオタクたちも、見た目でアイドルやアニメのキャラに夢中になり、理不尽に散財したあげく、一転アンチになって攻撃したりするように。

【その後の『たけくらべ』】
藤本信如は、融通のきかない弱い性格だから、仏教学校で経典の中に心の平安を求めて、仏教原理主義に傾いてしまう。このため実家の世俗的な寺院経営にはますます反感を強め、色恋沙汰の遊郭の世界にいる美登利からも心が離れる。若い僧侶たちとの宗派の革新運動に身を投じて、実家とも疎遠になる。
美登利は、相変わらず将来の働き手として遊郭で優遇されているうちに、学校もやめて外の世界を知らないまま、姉の後をおって同じ世界に入り、お店でナンバーワンとなる。信如への思いは、すでに淡い思い出となっている。
田中正太郎は、しっかり者だから祖母から引き継ぐ質屋の店を繁盛させて、幼馴染で気心の知れた美登利を、念願かなって遊郭の大黒屋から嫁としてもらいうける。
結婚式には、子ども時代の喧嘩相手の長吉も姿を見せて、信如が不在の中、表町、横町の人々がこぞって祝って大団円。

【その後の『十三夜』】
高坂録之助と別れた後、お関は自分の中に録之助への思いがあって、夫にそれを悟られていたのではないかと気づく。しかし、録之助の変わり果てた姿を見て、罪の意識を感じるとともに、二人が決定的に別の世界の住人になったことを知り、気持ちに踏ん切りをつける。
一方録之助も、自分の放蕩の原因になったお関の立派な奥様姿とわが身を引き比べ、冷や水を浴びせられたように現実に引き戻される。少年時代の愛想がよく働き者だった自分を思い返し、女房を連れ戻して人が変わったようにまじめに働きだす。
お関は覚悟を決めて、夫に全面的に仕えるようにする。すると、パワハラ夫原田勇をコントロールする術をしだいに身に着けるようになった。お愛想や媚びの演技で、簡単に夫は機嫌を直したりした。原田も、器量よしとちやほやされて育った世間知らずのお関が、どこか自分に冷淡な態度をとるのが不満だったのだ。それとともに原田の芸者狂いも収まっていった。
やがて、録之助は大通りに店を出す。立派な少年に育った太郎を連れたお関が人力車でその店の前を通りかかったとき、録之助の姿に気づいて、お互い無言でまなざしを交わす。