大井川通信

大井川あたりの事ども

がらんどうの長い商店街で

勤め先の介護施設のクリスマス会で、次男が出し物をやるというから、休日なので車で送り迎えすることにした。次男には、座布団回しという特技がある。この特技というのが不思議で、家にある座布団でたまたまやってみたら出来て、癖になって回しているうちに、いつの間にか他人が見て驚くくらいの芸に仕上がっていたというものだ。両手で一度に回したり、回しながら投げ上げてキャッチしたりもできる。高校の文化祭や実習の介護施設のお祭りで披露した経験があるから、今回も多分うまくいくだろう。職員や利用者の皆さんにもきっと喜んでもらえると思う。

次男の就職については、ずいぶん前から夫婦で頭を痛めてきた。軽度の知的障害がある彼は、親の死後も長い期間、自分のかせぎで生活していかないといけないだろう。できれば何らかの形でパートナーとの暮らしが実現してほしいと思う。

就職先について、夫婦で二つの方針を考えた。まず、人とのふれあいがある仕事であること。人間関係に不器用なところがあるが集中力はある次男は、教師から単純反復作業が向いている、と言われたりした。たしかに子どもの適性による振り分けという観点ではそうかもしれない。しかし子の長い人生の中での幸せを願う親としては、一生の大半を過ごす職場は、笑顔で感謝の言葉をかけあえる環境であってほしいと思う。

次に、技術やスキルを身に着けられて、ステップアップできる仕事であること。同じことの繰り返しでは味わえない喜びや自信につながると思うからだ。それが彼の仕事上の立場を守ることにもなるし、転職でも有利に働くだろう。

高校一年の時にはこの方針を固めていたので、親として介護職を選択するのに時間はかからなかった。ただし、その理由を次男に説明して、納得してもらうには長い時間がかかった。もしかしたら今でも納得はしていないのかもしれない。我慢強くて、学校時代はグチや弱音は一切吐かなかった次男も、片道二時間近い通勤と仕事上の人間関係の厳しさで、夏前から、転職したいと絶えず口にするようになった。そういう不満が聞かれなくなったのが、ようやくこのひと月くらいだ。表情もたいぶ明るくなってきたが、これからも山あり谷ありの試練が、親子を待ち受けているだろう。

次男の職場は、かつて炭鉱で栄えた街にある。次男を待つ間、久しぶりに駅前を歩いてみた。往時をしのばせる立派なアーケード街では、大半のお店はシャッターが下りている。土曜の午後なのだが、数百メートル先の突き当りまで見通しても、商店街を歩く人影は、ほんのニ、三人しか見えない。都会の人には想像もつかない光景だろう。僕は、誰もいないがらんどうの空間を、泳ぐように前へ前へと歩いた。