大井川通信

大井川あたりの事ども

至高の抒情詩-三好達治『石のうへ』

あわれ花びらながれ/をみなごに花びらながれ/をみなごしめやかに語らひあゆみ/うららかの足音空にながれ/をりふしに瞳をあげて/翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり/み寺の甍みどりにうるほひ/庇々に/風鐸のすがたしづかなれれば/ひとりなる/わが身の影をあゆまする石のうへ  

※「石」は、石畳の意味で、原文では敷瓦を意味する別字。「足」も別字。

まだ厳冬なのに、この詩を読むと、まぼろしのような晩春のイメージがありありと浮かぶ。手もとの詩集の編者郷原宏は「近代抒情詩の絶品」と評するが、自分の中では、多少読書や経験を重ねても、これが最高の詩であることは揺るがない。達治の詩集を探しても、これに比べられる作品がなくてがっかりしたのを思い出す。若い時に出会い、折に触れて口ずさんできたことの、いわば刷り込み効果みたいなものかもしれない。

無数の花びらがスローモーションのように流れる。女子たちの語らいも無音のイメージ。すべてが中空を舞うように、光につつまれ季節とともに流れていく。ふと、伽藍の軒に下がる小さな風鐸(ふうたく)の姿に意識がつかまる。すると思いは真下の石畳にあえなく落下して、地面を歩む鈍重な自分に返ってくる。

美しい春の幻想と孤独な自意識との鮮やかな対比を緊密なイメージで結んでいるのが、近代抒情詩の傑作たるゆえんだろう。