大井川通信

大井川あたりの事ども

中村宏と安部公房

安部公房の『飢餓同盟』を読みながら、中村宏(1932-)の初期の頃の絵を連想したので、久しぶりに画集をとりだしてみた。小説では、田舎町を舞台にして、動物めいたグロテスクな人物たちがうごめいて、革命や闘争が奇怪で生々しい展開を見せる。

この小説が書かれた1950年代前半には、若い反体制的な画家たちが、ルポルタージュ絵画を提唱した運動があった。画家たちは、米軍基地反対闘争やダム建設反対運動の現場に乗り込んで、それを題材に絵を描いたのだが、ルポといいながらリアリズムではなく、現実をおどろおどろしく超現実主義の手法を用いてとらえた。そのメンバーだった中村宏の「砂川五番」(1955年)では、どす黒い空の下、米軍基地の装甲車や輸送機をバックにして、ゾンビのように連なる農民と警察隊が向き合い、ぶつかり合う。池田龍雄や山下菊二、桂川寛といった画家たちも、化け物めいた強烈なイメージをしぼりだすような絵を描いていて、これらは明らかに『飢餓同盟』の世界とつながるものだ。

画集の解説を走り読みすると、安部公房と、中村宏池田龍雄(1928-)は、共通のグループに関係していて、実際に近い関係にあったようだ。僕の連想にもそれなりに根拠はあったのだ。そう考えると、また別の連想が頭をもたげてくる。60年代以降、中村宏池田龍雄も、独特で奇妙なイメージを深めながらも、初期のとげとげしさやおどろおどろしさを失って、洗練されてつるっとした質感の絵を描くようになる。一方、安部公房も、60年代以降、作風に同様の変化が見受けられるように思える。

これは単純に技法の進化や洗練といった問題ではなく、日本社会の大きな変動に強いられた変化ではないのか。まったくのあてずっぽうでしかないが、この先安部公房をまとめて読むつもりなので、課題としてメモしておきたい。