大井川通信

大井川あたりの事ども

井之頭公園のアルチュセール

僕が今村仁司先生の存在を知ったのは、大学3年になったばかりの時だった。法学部に入学して、大学受験の延長戦で、司法試験の受験勉強に取りかかったものの、すぐに息切れしてしまった。目的を見失うと、無味乾燥な「解釈法学」の勉強は、およそ色あせたものになる。このまま、だらだらと大学生活を過ごしていいものか。

当時、学部の年度の講義内容は、一冊の冊子になっていて、一般教養の思想科目の中に、興味を引く講義を見つけた。出版されたばかりの『労働のオントロギー』をテキストにした講義内容はいかにも新進の学者らしいものだった。しかし、この講義は、必修の専門科目の時間とかぶっている。どうしようか。

当時、40歳になったばかりの先生は、すでに3冊の著書をもっていた。そのうち一番薄い清水書院の『アルチュセール』を買い込んで、なぜか一人井之頭公園のボートに揺られながら読んだ記憶がある。フランスの哲学者アルチュセールの思想の独自性を熱く語る本には、よく理解できないながら引き込まれた。そうして、この講義に出てみようと心に決めた。

初めての先生の講義は、今でもよく覚えている。少し関西弁のまじった言葉使いも面白かったが、何より驚いたのは、黒板の前で言葉を詰まらせ、考え込む様子だった。法学部の教授たちは、ノートを開いて、すでに出来上がった論理をたんたんと解説するだけだった。この人は、今この場所で新しい問題と格闘している。その姿にすっかり魅せられた。

それ以来、僕は先生の講義の熱心な聴講生になった。通学の途中だったこともあって、本務校の東京経済大学にまで出向き、夜間の講義を聞いたりもするようになった。