大井川通信

大井川あたりの事ども

山口瞳の家

地元の国立には、小説家山口瞳(1926-1995)が住んでいて、町の名士だった。彼の家は、実家から歩いて5分ばかりの住宅街の一角にあったのだが、当時は子ども心にとても斬新で、近未来的なデザインに思えたものだ。

ふだん用の無い場所なので、本当に久しぶりになるが、散歩で足を向ける。まだ残っているだろうか。狭い路地をあてずっぽうに歩いただけなのに、ピタリと家の前にでた。コンクリート打ち放しに曲面の屋根をつけた本体に、和風の家屋を組み合わせた不思議な形だが、こんなものだったかなと思う。思ったより、小さくて大人しい。ただ、実際に歩いたおかげか、半世紀ぶりに、こんなシーンが鮮やかに浮かんできた。すっかり忘れていた出来事だ。

夏の夜。花火で遊んでいる。場所は自分の家ではなく、姉の友達の板橋さんの家のようだ。姉たちが、山口瞳の家を見に行こうと相談して、僕も連れていってもらう。街灯に照らされたバス通りをかけぬけると、やがて路地の暗がりに、宇宙基地のような家が姿を現す。

だいたい僕は、記憶はあまりいい方ではない。しかし、この夜のことは夏の夜の空気が肌に感じられるくらい生生しく蘇ってくる。


*後日姉に確認すると、板橋さんは、家を建て直す時に山口瞳の家の近所に仮住まいしていたそうだ。僕が幼稚園児の頃だろう。それならつじつまが合う。花火の後に板橋さんを送ったか、あるいは板橋さんの仮住まいの家で花火をしたのだろう。