大井川通信

大井川あたりの事ども

名探偵登場!

エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』(1841)は、史上初めての推理小説であり、このジャンルにおける原型を作り出したといわれる。以下は、素人探偵のデュパンが、語り手を相手に謎解きをはじめる場面の描写。

 

「その間も、デュパン君は、依然として、独語のように、ひとり喋りつづけている。こんな時に、彼が、一種の忘我状態に入ることは、前にも言った。一応は、この僕に話しかけているのだが、その声は、特に大きいとは言えぬくせに、まるで遠くの人にでも話しかける時にするような、独特の抑揚を帯びている」(太字筆者)

 

今では、推理小説やドラマでおなじみのこうした場面も、この小説によってはじめて造形されたものだと思うと感慨深い。

ここには二つの要素がある。一つは、探偵が「忘我状態」にあること。これは、隠された真理を伝えるイタコやシャーマンの役割を担っていることを示している。

もう一つは、探偵の話す言葉の「独特の抑揚」だ。これはまるで、舞台上で役者が話す芝居がかったセリフの描写のようだ。役者が言葉をとどけたいのは舞台の外の観客である。同様に、名探偵が本当に推理を語りたいのは、相方ではなくて物語の世界の外の「遠くの人」である読者なのだろう。

この謎解きの場面の二要素は、その後、様々なバリエーションを生むはずである。卑近な例では、眠りながら推理する「眠りの小五郎」や、視聴者に直接問いかける「古畑任三郎」など。