大井川通信

大井川あたりの事ども

写真を撮りましょうか?

家族連れで、観光地を歩いた。本当に久しぶりのことだ。子どもがなんとか仕上がるまでは、経済的にも、精神的にもそれどころではなかったので。

若い女性から、写真を撮りましょうか、と不意に声をかけられる。いや、大丈夫です、ととっさに答えてすれちがう。また、別の場所で、同じように声をかけられる。今度は、せっかくだからと、スマホを渡して、家族4人で撮ってもらって、別れる。

しかし、なにか変だ。なにかがおかしい。正直、女性から声をかけられてうれしくないことはなかったのだが、それが変なのだ。子どもが小さい時には、家族旅行はしていたが、こんなに頻繁に声をかけられた記憶はない。

なるほど。鈍い僕もようやくピンときた。戻ってみると、さっき写真ととってくれた女性は3人組で、お互いに写真を撮り合っている。「写真を撮りましょうか?」と、おくればせながら声をかけると、やはり、お願いします、ということだった。ただし僕では気の毒なので、身長186cmの長男をカメラマンに指名する。

あとで職場で、20代の女性の同僚に確認すると、やはりそういうことだった。彼女たちは、撮ってもらいたいときに、まず、撮りましょうかと声をかけたり、撮りますから撮っていただけますか、と頼んだりするのだという。

おそらくかつては、こんな習慣は一般的ではなかったと思う。撮ってもらいたいときには、頼みやすそうな人を見つけて、ストレートにお願いしていたと思う。世間に対して、迷惑をかけたり、甘えたりするのはお互い様だから、という贈与経済のメンタリティが残っていたような気がする。

ある時期から、若い人たちの、人付き合いの仕方がとてもていねいになっていることに驚くことが多くなった。話し合いの場所でも、一方的にまくしたてるような人が減って、他者の話を均等に耳を傾けようとするような配慮ができる人が増えてきた。しかし、それは、できるだけ貸し借りを残さないで、その場にいる全員が満足のいく形で取引を終えよう、ということでもあるだろう。

写真をとりましょうか、という声かけは、その場で完結する取引の提案だったのだ。それはそれで、とても感じのいいものだったけれど。