大井川通信

大井川あたりの事ども

小石川家族殺傷事件(事件の現場8)

今から10年前の2008年に、東京小石川の印刷所で、凄惨な事件が起こった。社長の男が、経営の行き詰まりから、創業者である父親と母親、自分の妻を殺し、現場を目撃して逃げた長女以外の二人の子どもに重症を負わせたという無理心中事件である。本人は自殺を図ったが死にきれずに逮捕された。

JR水道橋駅からタクシーで向かうと、その付近は、印刷所や紙工という表札を出した町工場が集まっている場所だ。町工場といっても、小売店くらいの間口の小さな建物が多い。印刷機の低くにぶい音が聞こえてきて、印刷物を運ぶリフトが通りかかったりする。大通りにでると、少し先に共同印刷の大きな工場が見えている。

事件のあった古い二階屋はまだ残っているが、一階には空き家の表示があった。細い路地をはさんで向かいに大きなマンションが建っている。当時は建設計画がもちあがり、工場の騒音に苦情が出て操業が難しくなることも、犯人の男は苦にしていたようだ。

人通りのない路地で、僕は手をあわせた。

当時74歳で亡くなった創業者の江成三男さんは、僕の遠い親戚にあたる。昔の事なのでよくわからないが、父方の叔母の姻戚関係にあたる人なのだろう。僕の父親は「みっちゃん」と呼んでいて、年賀状の交換を欠かさなかったようだ。子ども好きな父のことだから、若い頃には10歳ほど年少の江成さんをかわいがったにちがいない。もし父が生きていたならば、みっちゃんの非業の死に言葉を失ったことだろう。

僕は面識はないが、事件の何年か前に叔父の葬儀で姉が会っている。江成さんは、その時入院中で参列できなかった父に会いたがっていたそうだ。