大井川通信

大井川あたりの事ども

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 内山節 2007

魅力的な書名。信用のおける著者。活字も大きく薄めの新書。にもかかわらず、読み終えるまでにずいぶん時間がかかってしまった。ようやく手に取ったのが一カ月以上前だったと思うし、そもそも10年以上前の出版だというのが信じられない。まっさきに購入して読もうとしていた記憶がある。それこそ、キツネにだまされたような感じだ。

ようやく読み終えて、その理由がわかった気がした。1965年を境に、日本人がキツネにだまされなくなったという説も、それについての広い視野からの説明も、とても納得のいくものだ。著者は実践的な哲学者として、長く山村にかかわりそこに暮らしてもいる。だからこそ、というか、その時期についても、その理由についても、まとも過ぎて意外性がないのだ。

1965年は、高度成長の真っ最中で、日本の国土や社会に大幅な改造がくわえられた時期だ。このとき、日本の自然と社会、自然と人間とのかかわりに大きな変化がうまれ、日本人がキツネにだまされる力を失ったという論旨。

もちろん、細部には意外な事実や魅力ある解釈が書き込まれている。大井川歩きで参考になりそうなところも多い。自分なりに考えてみたい論点もいくつかある。

ただし、なんといったらいいのだろうか。この本の書名は疑問形でありながら、「なぜ人はキツネにだまされるのか」という根本の問いについて、著者の驚きが感じられないのだ。驚きに駆動されての、ワクワクするような解明のプロセスがないのだ。著者の視点は大局的すぎて、この問いに関する限り、気の抜けたビール(お酒が飲めないので本当はよくわからない比喩だが)みたいな論述になっている。それが残念だ。