大井川通信

大井川あたりの事ども

『やねのいえ』 てづかたかはる+てづかゆい 2014

昨年末、ある会合で、建築家手塚貴晴さんの講演を聞いた。手塚さんは、真冬なのに青いTシャツ姿で、いつもそれで通しているのだという。ちなみに奥さんの由比さんは赤い色で、たしか二人のお子さんにも固定したイメージカラーがあるとのことだった。講演の初めに家族の写真を見せて、その説明でいつもは笑いを取るところなのだろうけれど、年配の真面目な聴講者が多くて、しんとしているのもおかしかった。

ちなみに、カラーセラピストによると、服装は前夜に決めておくよりも、朝その日の心身の状態にあわせて選ぶのがいいのだそうだ。色に敏感になることで、色彩の力を効果的に使って豊かに生きることができる。この説が正しいなら、手塚家の今後がちょっと心配だ。

「屋根の家」は手塚夫妻の出世作で、施主の注文から、平屋の大屋根の上に室内から自由に上り下りして、家族がそこで日向ぼっこしたり、遊んだり、食事したりできるように設計された家だ。この絵本は、「屋根の家」での型破りの暮らしを、子どもむけに楽しく解説している。

手塚さんは、屋根に傾きがあるのがいいという。傾いているから、人間同志向き合って座ることができない。傾斜の下がった方向に足を向けて、隣り合って座ることになる。視線の先には景色が見えるから、沈黙で気まずくなったり、無理に話題を探したりする必要がない。同じ理由で、初デートの時は河原の傾斜地に座るのがいいと言って、手塚さんはいたずらっぽく笑う。

この話を聞いて、僕は八木重吉の短い詩を思い出した。

「わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった/こうして 草にすわれば それがわかる」(「草に すわる」)

詩人のすわった草原は、きっと平らな土地だったのだろう。草に囲まれて、自然と心は内面へと向かい、悔恨をえぐりだす。もしこの土地が傾いていたのなら、心は遠くの風景に誘い出されて、山並みのあたりで気持ちよく我を忘れていたかもしれない。