大井川通信

大井川あたりの事ども

喫茶店「ぽけっと」を探す

黄金市場に寄ったときに、近所にあった喫茶店のことを思い出した。

バーのようなカウンターがあって、夜まで営業していたから、会社の帰りに寄っていた記憶がある。NTTに勤めるタシロさんという人が常連で、いつもカウンターの正面に陣取っていた。「ぽけっと」という店名で、タレントの高見千佳に似た愛らしい笑顔の奥さんが店をやっていた。

僕はたいていカウンターの隅で本を読んでいたけれども、生活上のことなども、あれこれ相談にのってもらったりもした。会社をやめて東京に戻ったあとにも、一度近況報告の電話をした記憶がある。三年後にこの土地に戻ってから店に行った記憶はないから、その頃には閉店していたのだろう。別の場所に移っていて連絡がつくなら、ぜひ挨拶してみたいとずっと思っていた。

その店が面していた大通りの前後は、今ではビルや駐車場になっている。ただし道の向かいには個人商店が何軒か並んでいる。思い切って古びた仕立て屋に入って声をかけるが、開店休業状態なのか反応がない。となりの薬草を扱う店は、新しいビルの一階にあるけれども、店主が高齢の方なので声をかけてみた。

聞くと、ビルを建てる前からここで営業していた老舗らしい。はりきって向かいにあった喫茶店のことを尋ねる。知っているという。女の人が二人でやっていて、というので変だとは思ったが、そういう時期もあったのだろうと話を聞くと、その店があったのは60年も前のことだそうだ。

僕が「ぽけっと」に通っていたのは30年くらい前のことだから、明らかに時代が違う。僕より大分年配の店主にとっては、60年前が青春の時期で、きっとその店に懐かしい思い出があったのだろう。30年前には壮年で店を切り盛りしていただろうから、喫茶店で時間をつぶすようなことはなかったのかもしれない。僕はお礼をいって店を出た。