大井川通信

大井川あたりの事ども

切り株の話

椎名誠に「プラタナスの木」という小説があって、小学校の国語の教科書にも載せられている。公園のプラタナスの木と子どもたちをめぐる話で、その中に、木は枝と同じくらい地中に広く根を張っている、と書かれていた。切られてしまったプラタナスの切り株に子どもたちが立って、樹木と一体になりその再生を願う、というのが印象的なラストシーンだ。

この小説を読んで以来、切り株を見つけては素通りできなくて、その上に乗るのが習慣になった。しかし、そんな習慣もあらゆる習慣と同様に形骸化してしまい、樹木の生命を体現するものではなくなっていたようだ。

今回、庭のケヤキの根を汗水たらして掘り出し、目の当たりにすることで初めて、木の根の広がりの力強さを思い知ったような気がする。やはり知識による想像には限界があったのだ。

職場の近くに、海浜の松林の再生のために、雑木を切りはらった場所がある。昼休みに松の苗木を見ながら歩いていて、驚いたことがあった。

ところどころに残った雑木の切り株の中に、丸く平らな切り口の表面が濡れていて、よく見ると水がこぼれそうになるくらい盛り上がっているものがあったのだ。しばらく雨がないから、周囲には茶色に枯れてしまった苗木もあるのに。

枝や葉の全てと幹の大半を失いながらも、地中から水を吸い上げているのだ。よく見ると切り株の幹からはいくつも小さな芽が伸びようとしている。木は再び枝を広げる気力を失っていない。灰色のつるっとした表面に雲のように白い斑紋のある特徴的な樹皮だ。この木の名前を調べてみようと思った。