大井川通信

大井川あたりの事ども

メジロのさえずり

松林の中を歩いていたら、小鳥が飛んできて、松の梢のてっぺんにとまって、さえずり始める。葉の落ちた枝の先だから、よく目立つ。こんな振る舞いは、ホオジロカワラヒワのはずなのだが、ずっと小さい。

メジロだ。しかし、メジロは、集団でやってきて、木の花や枝をせわしなくつつきながら動き回り、また集団で飛び去ってしまうイメージしかなかった。短く、ささやくような小声の地鳴きしか聞いたことがなかった。

強い海風で尾羽も折れ曲がり、さらに小さく見えながらも、一羽でたくましく鳴き続けるのは、まったく初めて見る姿だ。少し長めのフレーズを繰り返すのは、ホオジロのさえずりに近い。しかし、そのフレーズの中身は、ホオジロよりも早口で複雑だ。その部分は、ヒバリのにぎやかなさえずりに近い。

図鑑で調べると、「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」という聞きなしがあって、雰囲気は伝わるのだが、実際のワンフレーズはもっと細かく長い気がする。

メジロは、左右に小さく首を振りながら鳴き続ける。しばらく鳴くと、足を踏みかえて身体の向きを変えて、また鳴き続ける。縄張り宣言なのだろうか。実に堂々とした姿だ。木の下で人間がおろおろと動き回っても、気にする素振りもない。メジロは、そうして10分近くさえずりを続けてから、飛び去っていった。

松林を戻りながら、考える。メジロを密猟して鳴き声を楽しむという話を聞いたことがあるが、なるほど、このさえずりがあるからこそなのか。あらためて、僕は身近な鳥のことすら何も知らないのだと思う。

思い出して、つげ義春の『無能の人』を読み返すと、「鳥師」というエピソードにメジロの話が出ている。メジロに夢中になって店をつぶした米屋の親父が出てきたりして楽しい。登場人物の鳥屋は、メジロの名鳥の声をこんな風に形容する。

深山幽谷を彷彿させ、耳底を震わせ、魂をゆさぶり、はたまた桜花爛漫、夢幻の境に誘う絶品」だと。どんな道も奥が深い。