大井川通信

大井川あたりの事ども

フードコートの窃視老人

家族で、近所のモールに買い物に出かける。隣町に巨大なイオンのショッピングモールができてからは、わが町のモールはすっかり中高年向けの施設になってしまった。家族の待ち合わせ場所は、いつものようにフードコートだが、休日だというのに、目につくのは友人同士で勉強に来ている中高生の姿だ。

テーブルについて本を読んでいる時、ふとガラス越しに外を歩く知り合いの姿が目にとまった。大井村の超人ひろちゃんの娘さんだ。ひろちゃんは、型破りな元高校国語教師で、自家農園や養鶏や養蜂で自給自足の生活を行い、趣味の山歩きも魚釣りも盆栽も何でもこなすスーパーマンだ。なぜか家業で老人介護施設の経営までしている。あわてて扉に走って呼び止めると、家族を待つ間の話し相手になってくれた。

僕は、近所のファミレスで本を読むことが多いが、気分転換でこのフードコートを使うこともある。現に数冊の本と筆記具がテーブルの上に出してあったのだが、ひろちゃんの娘さんには、こんな騒然とした場所での読書が不可解らしい。

その時、一人の老人が、僕たちのテーブルの脇を抜けて、すぐ後ろのテーブルの椅子に座った。ひろちゃんの娘さんのちょうど正面に、老人の背中が見える位置関係だ。僕は、その時はまったく気に留めなかったが、少しして、娘さんが、この老人に関するクイズを出題する。

後ろの男が、何でその席にすわったか、わかりますか?

全くわからない。そう答えると、娘さんは、パンツが見えるからですよ、と教えてくれる。娘さんによると、娘さんの正面の方向に座っていた女の子の下着が、テーブルの下で見えているそうだ。(もちろん僕は振り向いて確かめるわけにはいかない)

老人は足早にやってきて、たくさんの空席があるにもかかわらず、目標を定めたかのように迷いなく女の子の正面を陣取ったそうだ。ガン見してますよ。背後からでも、老人が熱心にのぞいている様子がわかるらしい。

しかし、声のトーンを落とすでもない娘さんの言葉は、僕の斜め後ろにすわる老人の耳にも届いているはずだ。超人ひろちゃんに鍛えられた屈強の娘さんは、こうして老人に天誅を加えているにちがいない。

やがて老人は、すーっと席を立って消えていった。娘さんによると、女の子がカバンを前に置いたので、目的のものが見えなくなったからだというが、どうもそれだけではない気がする。こちらの会話に気づいていたら、いたたまれなかったはずだ。

さて、この話の教訓は、いくつかある。

僕たちは、一定年齢以上のお年寄りの生態にまるで無関心だ。女の子にしたって、若い男や中年男にじろじろ見られたら警戒するが、老人だから気にもとめなかったのかもしれない。しかし、娘さんは老人介護の仕事をしているから、お年寄りにこそ目が行くし、老人の行動や欲望についても知り尽くしている。あの老人にとって、それが運の尽きだったのだろう。

ところで娘さんが、はじめ僕を不審に思ったのも、こんな若者のたまり場に好んで来ているということで、あの老人の同類みたいに思われたのだと思い当る。僕には今のところ勉強という目的があるが、それは子どもの時に植え付けられた、勉強するべしという強迫観念に未だにとらわれているだけなのかもしれない。肉体的に勉強が耐えられなくなって、この呪縛から解放されたほうが、意外と楽に生きられるような気もする。

ただ、その時に、あの老人のようにならないために、自分を律する術だけは正しく身に着けておかないといけない、と肝に銘ずる。