大井川通信

大井川あたりの事ども

すた丼の味

子どもの頃、質素で堅実な家に育ったので、何でも美味しく残さずに食べるように教えられた。両親とも、戦中戦後の食糧難の時代を経験しているから、食べるモノがあることのありがたさが骨身に染みているようだった。当時の学校給食でも、この精神は教育されていたと思う。

こうした環境は、繊細な味覚が成長するのに適さない。おかげで僕は、スーパーの売れ残りの半額弁当を美味しく食べられるかわりに、高額な料理を食べることがあっても、それが特別に美味しいかどうか、よくわからない人間になった。だから、飲食店や料理について、別にこだわりはない。

ただ、30年以上の間、東京国立の実家に帰省する度に、必ず食べたくなるお店のメニューがある。すた丼(おそらくスタミナどんぶりの略)だ。豚バラ肉をニンニクの効いた醤油のタレで炒めて、生卵を落としただけの丼物である。料理オンチだから、この説明すら心もとない。

学生時代、公民館で地域活動をしていたとき、友人に教えられて、富士見通りにある近所のラーメン屋の名物メニュー「すた丼」を初めて食べた。大盛は驚くほどのボリュームになるが、残さず食べないといけなかった。この初代すた丼屋さんは今でもやっているが、のれん分けしたのか、実家の近くの旭通りにもお店ができ、いつのまにかあちこちの街でチェーン店を見かけるようになった。

そしてようやく僕の住む地方の中心都市にも支店が出ることになったのだ。出店に気づいたのは先週なのだが、矢も楯もたまらずに食べに行く。店はさすがに小ぎれいで、味付けとかも微妙にぶれているはずだが、味覚がおおざっぱな僕には、まぎれもなく、正真正銘のすた丼だ。

興奮のあまり年甲斐もなく、会計の若いアルバイト店員相手に「すた丼」愛を二言三言、語ってしまった。ニコニコ聞いてくれてはいたが。