大井川通信

大井川あたりの事ども

『カブトムシ 山に帰る』 山口進 2013

昆虫写真家の山口進(1948-)による子ども向けの入門書で、さらっと読めるが、中身はすこぶる濃い。5年ばかり前に初めて読んだときにも、目からウロコが落ちる思いがしたが、ある大切な指摘については、読みとばしていた。最近、そのことの重要性に気づいて、読み直してみたが、実によい本だ。

金沢城ヒキガエル』もそうだが、小さな生物に虚心で向き合うことから生まれる知恵が、なんと豊かなことか。どんなに頭が良いと言ってもしょせん人間が考えた理屈を解釈する本は、哲学とか宗教とかいう看板は立派でも、どこか貧相に思えてしまう。

この本の解き明かすメインの謎は、野生のカブトムシの数が減って、しかも小型化しているという事実だ。しかも幼虫が、クワガタムシのように朽ち木の中で見つかるようになったという。僕ですら、カブトムシの幼虫は柔らかい腐葉土の中で育つということを知っている。

カブトムシの育つ里山は、人間の農業の営みが作り出した人工的な環境だ。肥料にするために落ち葉を腐らせて作る腐葉土は、カブトムシの幼虫には理想的な場所だろう。薪の原料にするために刈り込まれたクヌギは、成虫のエサになる樹液をふんだん出す。

何百年にもわたって管理されてきた里山に、カブトムシは住みつき、栄養たっぷりの腐葉土で大きく成長できたのだ。近年、農業が衰退し里山が荒廃してしまったために、カブトムシは、もともと生息していた山に帰って、幼虫は栄養価の低い朽ち木を食べるようになり、成虫が小型化したというのが著者の仮説だ。

今回読み直したかったのは、東日本と西日本との林の違いの説明の部分である。長崎生まれの著者は、山梨県で昆虫たちの楽園のような里山の林を見て、自分の故郷の林との違いに驚いたという。西日本は常緑の照葉樹林が中心であり、東日本は、落葉広葉樹林の雑木林が中心なのだ。

僕は東京の郊外の武蔵野と呼ばれる土地が故郷だから、冬にはさっぱりと落葉する雑木林が、原風景として刻印されている。帰省すると、雑木林がある風景が懐かしかったが、それが現在住んでいる西日本に無いものだとまでは思わなかった。だから、前回この本を読んだときには、東西の違いを指摘する著者の驚きを理解することができなかった。

ここ数年で、とくに集落の近くの林に出入りすることが増えると、どこか違うという違和感がつのってくる。冬でも落葉しない分厚い葉っぱでおおわれた林はジメジメとしているし、樹木の幹も根もうねうねと伸び広がって、どこか熱帯雨林のイメージすらある。

身近な林が、実は幼なじみではなかったことを知ったのはショックだけれども、その照葉樹林でしか生きられないヒメハルゼミの発見に感激することもできた。痛しかゆし、といったところか。