大井川通信

大井川あたりの事ども

大風の中の大井川

遠くに過ぎたはずの台風の余波でまだ風が吹き荒れているときに、僕は高台の住宅街を降りて、大井川に向かった。もちろん危険というほどの状態ではないのだが、念のために帽子をかぶって。

大風を浴びながら、大井を歩いてみたかったのだ。周囲が刈り取られた田んぼが広がる小川の堤は、やはりひときわ風が強い。目の前には、4年前の台風で根本から折れてしまった水神様の杉の木が見える。この村の自然も人間も、毎年夏から秋にかけて、この強風に吹きさらされて、身を縮めてきたのだろう。風に身体を傾けて歩いていると、この土地の歴史につながるような手応えを感じる。

集落の奥のひろつぐさん(ひろちゃん)の家を訪ねる。ひろつぐさんの家は、頂上にヒラトモ様の鎮座する里山のふところにある。ひろつぐさんは、庭で薬草を切っていた。以前大病を患ってから、自宅の菜園で作る自然のものしか口にしないようにしているのだ。仕事の手を休めたひろつぐさんと、そのまま縁側で話をする。

ひろつぐさんは、市役所で古い戸籍を調べて、気になっていたルーツを調べたそうだ。ひろつぐさんの祖母にあたる人は、大井村に嫁いで子どもを産んでから若くして自死している。その祖母の呪縛というものがあるかもしれないと、ひろつぐさんはいう。なるほど、と僕も不思議と素直にうなずけた。

あらためてひろつぐさんに、大井のどんな場所や景色が好きですか、と尋ねる。特別にここという場所はないけれども、昔からあまり変わらないところが好きだとひろつぐさん。里山は宅地になって、大井川の上流はダムでふさがれても、川と田んぼと水神様をはさんで二つの集落が向き合う村の姿はそのままだ。

自家製のはちみつをいただいて、強風の中戻る。大井川の堤で、ワナを引き上げている人がいるので、聞くと、サワガニを狙っているという。