大井川通信

大井川あたりの事ども

『先見力の達人 長谷川慶太郎』 谷沢永一 1992

経済評論家の長谷川慶太郎(1927-2019)が亡くなった。東西冷戦の終焉とバブルの崩壊の時代、この先世の中はどう動くのか不安になって、経済本を読み漁っていたときがあって、彼の本を読んだり、テレビで話を聞いたりしていた。

そのころ買って、読まずに手元に残していた本をあらためて読む。オイルショックから80年代末までの長谷川の著作からの引用を、文芸評論家谷沢永一(1929-2011)が解説し、賞賛するという本。

高度成長期の後の二度のオイルショックを日本は乗り切り、世界を尻目に安定成長を続けていた時代だ。アメリカは製造業で日本に追い抜かれ、ソ連は崩壊へと向かっており、中国はいまだ迷走を続けていた。なるほど、長谷川慶太郎は、この時代の日本経済と世界情勢を的確に診断し、凡百の評論家にはもちえない先見力を発揮していたことがわかる。

それは彼が、現場の具体的な人間と組織を目の当たりにして、そこからモノを考えていたからだろうと思う。当時の経営者が、技術者が、労働者がどんな思いで、何を大切にして働いていたのか。

僕の父親も長谷川慶太郎と同じ戦中派だったから、この本の扱う時期が、父親の仕事人生の後半の期間をカバーすることになる。仕事が好きなタイプではなかったが、ミシン工場でコツコツと律義に働いていた。そういう一人一人に思いを致すことなく、高度成長や戦後の日本の繁栄をひとくくりにする批評にはうんざりするしかない。長谷川慶太郎の方が、よほど人間を大切にしているといいたくなる。

今から振り返ると、この本の「先見力」が90年代以降の情勢には十分に届いていないことはわかるのだが、それは後知恵だろう。それだけ大きな激震が、それ以降の世界に起こったのだから。

谷沢永一は、左翼批判の急先鋒だから、本来だったら僕などは敬遠したい書き手である。今村先生や柄谷行人と同世代にあたるマルクス主義哲学者鷲田小弥太(この本の解説も書いている)が、なぜか谷沢永一長谷川慶太郎を評価していて、それで読むようになったのだ。理念や信条ではなく、人間を見る。今でもなかなかできないことだ。