大井川通信

大井川あたりの事ども

「なべやきうどん」の味

僕の実家では、今のように外食をする機会はほとんどなかった。時代は高度成長期で、まだ国民の多くは清貧な暮らしにとどまっていて、消費社会なんてものが成立する前だった。

その分、これも多くあったわけではないが、家で食事の準備ができなかったときに、出前を頼むことがあった。てんやもの(店屋物と書くと今回初めて知った)なんて言葉が耳になじんでいるが、それは飲食店から出前で取り寄せるときに使っていたと思う。

出前を取るとき、ぜいたくなメニューの筆頭が「なべやきうどん」だった。もっとも、自分が実際に鍋焼きうどんを注文したり、その美味しさを味わったりした記憶があるわけではない。戦中派の両親にとって、鍋焼きうどんは、ぜいたくであこがれの食べ物だったはずだ。両親の会話を聞きながら、そのメニューへの高級なイメージが形づくられたのだろう。

たぶん、大人になってから、実際に鍋焼きうどんを食べる機会は何度もあったと思う。鍋焼きうどんと銘打たなくとも、つまりは「煮込みうどん」のことなのだから。そして、おそらく食べながら、特にうまいともまずいとも思ってなかったはずだ。

そんなわけで、僕の中で、永遠に味わいそこねてしまった幻のメニューとして「なべやきうどん」の価値が揺らぐことはない。