大井川通信

大井川あたりの事ども

角帽とミロク菩薩

正月があけて姉があそびに来てくれた時、僕の大学の角帽をもってきてくれた。実家のたんすの奥に大事そうにしまってあったのだという。

年末に、空き家になっていた実家を従兄に贈与する契約をした。今まで帰省した時に、目についた本や品物は持って帰っていたが、やりだしたら切りがない。最後の手続きは姉にまかせて、残った荷物ごと従兄には引き取ってもらったのだ。

角帽は、僕の大学が入学したときに記念に購入したものだ。もちろん当時だって、実際に使うことはなかった。おそらく、父親に買ってもらったのではなかったかと思う。すっかりその存在を忘れていた。

父親の兄は、東京商大に進学して、学徒動員された。父親はあまり勉強が好きでなかったようだし、戦争中でもあって大学にはいっていない。このあたりの事情を父から聞いたことはなかった。学校をさぼって本を読んでいた、という話はなんとなく覚えている。ただ、東京の老舗の大学の角帽には、あこがれがあったのかもしれない。

時代は違うが、自分の子どもを大学にやって、その経済的な負担がいかに大変かがよくわかった。決して豊かではなかった両親が、子どもを大学に進学させる苦労は大変だったと思う。自分では浪人しないことで親孝行をしたつもりでいたが、そんなことではなかった。生前に心からの感謝の気持ちを持ったり、伝えたりできていたかというと自信がない。

僕の部屋には、広隆寺のミロク菩薩の頭部のレプリカがかざってある。父親が好きで、大切にしていたものだ。角帽をミロク様の頭にかぶらせると、なんだか父が喜んでいるような気がした。