大井川通信

大井川あたりの事ども

カーブのむこう

五日ばかり空いてしまったが、「○○のむこう」シリーズの第三弾。安部公房の1966年の短編『カーブの向う』から。

坂道を上っている勤め人風の男がふと、カーブした坂道の先、丘の上がどんな世界につながっているのかわからなくなり、足が止まってしまう。坂をおりてバス停まで戻るが、今度は、その先どこから来たのかが思い出せない。記憶にある喫茶店に入るが、自分が誰で何の仕事をしているのかさえも覚えていないことに気づく。

茶店の中での女性店員への性的な視線がねちっこく、『方舟さくら丸』の主人公「もぐら」の妄想とよく似ているなあと思う。この短編でも、この女性との関係が、現実らしき世界への復帰のてがかりとなるのだ。

主人公は、思い切ってタクシーをひろい、カーブのむこうの世界に突撃する。

 

「べつに真空の中に投げ出されたわけではなかった。真空どころか、巨大な、見わたすかぎりの町だった。四階建の住宅街が、暗い空をおしのけ、どこまでも光の格子をくりひろげている。まさか、これほどの町があろうなどとは、想像もしていなかった」

 

小説の中では、既知の世界の消失という意味合いで使われている虚構の風景だろうが、これを実際の団地の建設による街の変貌というように解釈することも可能だろう。巨大団地という均質空間の出現は、人間の現実感覚を失わせる、というふうに。

やはり、ここでもニュータウンだ。安部公房が、というより当時の人間がそれに抱いていた違和感は、今の僕たちには想像がつかないものだったのかもしれない。