大井川通信

大井川あたりの事ども

演劇試作『玉乃井の秘密』(その2)

【場面3 玉乃井の地底500メートルの掘削現場 1944年】

※三人はゆっくり顔を上げながら立ち上がって、はるか真上を見上げるしぐさをする。

B(鉱夫1):こりゃあ、ずいぶん深く掘ったものだなあ。
C(鉱夫2):俺たち、旅館の隣の炭鉱の宿舎に押し込められて、日がなこうして働いているわけだが、筑豊の炭鉱の固い岩盤に比べて、サラサラの土を掘りだすだけだから、これはまるで夢みたいな楽な仕事だなあ。食い物も、名物のタコ料理が食い放題。
A(鉱夫3):いけねえ、いけねえ、うかつに近所のもんに、そんなことをいったらいけねえと、監督の社員さんから言われているぜ。
B(鉱夫1):それが俺の合点のいかねえところだ。なんだっておれたちは、病人で炭鉱の保養所に静養に来ていることになってるんだい?
A(鉱夫3):旅館の地下を掘るのは、お上の秘密の仕事らしい。なんでも、今回の戦局にも関係のある重要な任務ということだ。(ときょろきょろする)
B(鉱夫1):おや、こんなところに・・・・(机上に置かれた球体を見つける)
C(鉱夫2):これはなんだろう? 中に誰かがいるぞ。おーい
A、B、C:おーい! おーい! おーい!

※三人は、球に向かって必死で呼びかけたあと、手を伸ばしたままの姿勢で固まる。

 

【場面4 旧玉乃井旅館応接間にて、9月の会 2017年】

※三人は、何事もなかったように、椅子に座りなおす。そのとき、Bはテーブルの球体をとりあげて、それを手元で、何かを操縦するようにいじり始める。

B(吉田):おかしいな、そろそろ地下に到着するはずなのだが。モーターの出力が低下しているみたいだ。(球体をとんとんたたく)
C(ナレーション):応接間型のゴンドラを10年がかりで下せるように修理したのは、映写技師の吉田さんだ。なんでも、吉田さんによると、映画用フィルムを巻き取る仕組みと、立て坑のゴンドラのワイヤーを巻き取る仕組みとは、規模が違うだけで構造は同じらしい。(Bが球体を放り投げて、それをAがかろうじて受け取る)
A(安部):おっと、地下500メートルに着いたみたいだね。昭和19年に、玉乃井旅館の地下工事は中断した。そして、関係者はことごとく消えて、資料もまったく散逸してしまった。それがなぜなのか、僕も10年かけて突き止めたのさ。ここで、かれらは、この井戸を発見した。(と、球の中をのぞき込みながら、テーブルに置く)

この井戸は、無数の魂がそこでうまれ、そこに帰っていく輪廻の中心にある、いわば「魂のるつぼ」なんだ。だから、この井戸を開いてしまった以上、工事の関係者たちは、すべてこの井戸に飲み込まれてしまったのだろう。
C:そして、かろうじて生き残った関係者である、安部さんの祖父安部正弘氏が、魂の井戸という名前の「玉乃井」旅館の営業を引きついだ。つまり、この井戸を再び封印して死者たちを供養し、この地を守ることを決意した、ということですね。
A(安部):そのとおり。だから、僕は、たとえ旅館の営業をやめたあとも、祖父や父の遺志を継ぐために、この玉乃井を去ることはできないのです。

※3人で声をそろえて玉乃井の広告を読み上げる。
「玉乃井名物 ラジウム温泉たまご  今日はありがとうございます。このラジウム温泉卵は湧き出る温泉の熱と同様の温度を保ち、特殊な加工方法によって処理し、おいしく食べよいようにしました。離乳食から発育盛りのお子様,ご婦人の美容と、青年の健康に、栄養吸収率百%! ご注文は早めに女中にお申しつけください。」

C(ナレーション):こうして僕たちは、玉乃井旅館の地中深く、時間の停止した空間の中で、いや空間の消滅した時間の中で、永遠に語らい続けることになったのです。

  (終わり)