大井川通信

大井川あたりの事ども

山田饅頭の味

僕は、食欲とか味覚に関して弱点が多い人間なのだが、それを勝手に1960年代の貧しい日本のそれほど豊かでない家庭に育ったためと理由付けしている。

カービィ―のように、意地汚くなんでも吸い込んでしまう話をしたけれど、それと関連したことで、モノの美味しさがよくわからない、ということがある。

いや、なんでも美味しいのだ。なんでも美味しく残さないように食べるようにしつけられたために、たいていのものは美味しく食べられる。美味しくないという人の多い給食も、まずいと思ったことはない。

格安の外食チェーンだって、美味しくてしようがない。本当に美味しいものだから、すぐそれを口にしてしまう。ある時、職場でカップラーメンをつい美味しい、美味しいといいながら食べているのを人に聞かれて、恥ずかしい思いをしたことがあった。

だから、よく人が、専門店や隠れた名店のことをうわさしたり、実際に食べたりしているときに、それが絶品だなどと言うのを聞くと、そういう繊細な味覚を羨望するとともに、ホントにそうなのか、と疑う気持ちが頭をもたげる。

ほんとにその中華は、王将より美味しいのか。

そんな僕でも、中には、これは特別に美味しいと思えるものが、本当にごくまれにある。山田饅頭がそれだ。

職場が近くなったので、3年ぶりにお店に寄って、ひと箱購入し、車を出すと同時に、助手席に乗せた山田饅頭の箱をこじあけて、さっそく一つ口にいれる。

美味しい。しかも期待通り、他のお饅頭や和菓子類と隔絶して、圧倒的に美味しいのだ。僕は、山田饅頭の相変わらずの美味しさと、自分の味覚の識別能力に満足することができた。

お店は、山あいに細長く伸びた旧炭鉱町の街道沿いにある。すっかりひなびているが、商店街には三階建の商業ビルが向き合っていたりして、かつての繁栄をうかがわせる。親しい知人の故郷でもあったりする。山田饅頭の格別さには、この土地のそんな好ましさもきっと影響しているのだろう。