大井川通信

大井川あたりの事ども

自分の猫が幸せならそれでいい

直近の芸能ネタにこんなのがある。ある芸能人が、仕事も順調で、誰もがうらやむ年下の美人女優と結婚し、子どもにも恵まれたにも関わらず、自分の性癖からなのか複数の浮気が発覚し、成功を失いかけている。

ネットでの芸能ニュースにはたくさんの読者のコメントが書かれるが、これはその一つ。この芸能人のように人間の欲望は際限がないのだろうが、自分は、自分の猫が幸せならそれでいい、というもの。

言外に、仕事にも友人や恋人にも家族にも恵まれていない、という境遇がうかがわれて少し切ないけれども、やせ我慢でも開き直りでもない、しみじみとした確信と覚悟とを感じさせる言葉だ。

ここから二つにことを学ぶことができる。一つは、人間が、誰かの幸せを願わずにはいられない存在であるということ。最低限、その欲望から逃れることはできないということでもある。

もう一つは、幸せを願う他者として、猫はとてもふさわしいということだ。これは、僕も猫を飼うようになって実感するようになった。

猫は、最低限の世話をしてあげれば、それ以上、散歩も遊んであげることも必要ではない。飼い主の振舞いに影響されることなく、独立して自分の幸せを確保しているように見える。

人間を相手にするときのように、相手の感情に一喜一憂して振り回されることがない。言葉や表情の裏側を読む必要がない。しかし、人間と同じように、いやそれ以上に、猫からは確かな生存の充足を感じ取ることができる。