大井川通信

大井川あたりの事ども

『「忙しいのは当たり前」への挑戦』 妹尾昌俊 2019

妹尾さんの本を読むのは二冊目。『教師崩壊』は、一般の人向けに教育界の問題点を啓蒙する本だったが、これは「学校の働き方改革への教科書」というサブタイトルのとおり、現場の教師が実際に使える、現状を変えるためのマニュアルとなっている。

従来の教育関係書は、「こうあるべき」という理想論やそれに基づく設計図から立論するものが多かった。学校現場自体が、中央集権的な上意下達の文化にひたされているから、そのような上からの方向の議論が受け入れやすい。

現行の体制に批判的な側の発想も、同じようなもので、自分が理想とする姿から、誤った現状の姿を正して、根本的に作り替えるという議論のスタイルを取りがちだ。「こうあるべき」から出発する議論は、調停困難な対立をうむ、というか、そもそも相手方に妥協する気がない。

もちろん、現状を踏まえた実践的なマニュアルも多くあるのだが、それは現行の制度的・慣習的な枠組みには手を付けないで、主に教師個人の技量の向上を目指すものだ。

妹尾さんは、学校や教師の現状が「こうならざるをえない」ゆえんを注視する。「こうならざるをえない」要因によって生み出された全体を俯瞰すると、おのずから「どうした方がいいか」という課題が明らかとなり、あとは現実的で実践可能な手段を選ぶだけとなる。

この妹尾さんの議論の筋道は、ほとんど異論の余地がないようなしっかりしたものだ。この当たり前の議論の立て方が、教育の世界ではとても新鮮で貴重に思える。妹尾さんは教師でも、教育学者でも、教育行政マンでもない、およそ教育とは関係のない分野から出てきた、そもそも教育に関心を持っていなかった人だ。

世の中には、教育が好きな人と嫌いな人がいる。教育に関心がある人は、教育を善と頭から考えがちだ。しかし、教育は反面、あらゆる人間の営み同様(必要)悪でもある。適切な制度設計には、両者の視点が大切であることに気づかされる。