大井川通信

大井川あたりの事ども

盆明けの大井村で

お盆の連休の最後の日の朝、日が上がるまえに一時間ばかり大井を歩く。

秀円寺の裏山を通ると、六地蔵前の草がきれいに刈られている。湿った地面近くをしきりにハグロトンボが飛ぶ。山門下の田んぼは、10軒ほどのモダンな建売住宅に変わっていて、タイムトンネルを抜けたみたいだ。

和歌神社の前で、ハセガワさんとすれ違う。亡くなったひろちゃんことヒロツグさんの若いころの武勇伝を聞こうとしたら、退職して人間が丸くなったと話してくれる。大井炭鉱ゆかりのハセガワさんの顔をみると、戦争直後の村の歴史が過去のものでないと思い起こされる。

本村橋を過ぎたところで、今度は犬の散歩をするナガイさんに出会う。元教員のひろちゃんの話になると、昔は日教組が激しかったから、とナガイさん。自分も直方駅を振り出しに折尾駅で退職するまで国鉄で、50代で国鉄民営化の退職したと初耳の話を聞く。国鉄も組合が激しかったそうだ。

中屋敷橋を渡って、洗車をする力丸ヒロシさんの息子さんにお悔やみの言葉をかけた。お母さんが昨年末、ヒロシさんが先月に亡くなって、二人のお盆を終えたところだという。看病のため単身東京から戻っている息子さんも、農地の管理もあってこのまま大井で暮らすそうだ。

夫婦で畑をしたり、元気に散歩したりしている頃のヒロシさんからは、大井の昔話をずいぶんと聞いたものだ。大井炭鉱を手伝った話や、ミロク様の話。大井台の開発の時の会計担当で大変だった話。多謝。

中屋敷の路地を抜け、マスマルのひろちゃんの自宅の方へ。初盆参りには一昨日に伺っている。ひろちゃんの家の前で道は二本に分かれ、一本はヒラトモ様の鎮座する山に向かい、もう一本は権現様の山頂へと向かっている。山の入り口という意味で、山口という小字名がついているのが、まったくふさわしい。

僕は二つの山にそれぞれ手を合わせてから、村を出て家に戻った。