大井川通信

大井川あたりの事ども

『お役所の掟』 宮本政於 1993

四半世紀前に話題になって、よく売れた本。当時読んで面白いと思った。今読み返しても、少しも色あせてなくて、いっそう面白かった。

著者は日本で医学部を卒業したのち、アメリカに留学して現地で精神分析医となり、大学の研究者にもなる。11年にわたるアメリカ生活のあと、帰国して当時の厚生省の医系技官となる。

著者の経歴からして、この本に描かれたような窮屈な官僚生活など合うはずがない。どうしてこんな選択をしたのだろう。ただし、この本が面白いのは、そのあまりに場違いな環境における身を挺した悪戦苦闘の記録だからだ。実際、この本の出版の二年後には著者は厚生省を懲戒免職となり、1999年には若くして病死している。日本文化の牙城たる官僚との無益な戦いが、彼の身体を蝕んだんだろうか。

著者の官僚生活は、僕が若いころの勤め人時代と重なっている。その当時の日本社会の集団主義の有り様を克明に綴っていて、僕にもはっきり思い当たるところがある。たしかにバブル崩壊以降の「失われた30年」で、集団主義的なメンタリティはだいぶ薄まってはいるだろう。しかし、その原型の歴史的な記録として貴重だ。

歴史的、といえば、この本のなかでは、この集団主義が日本経済の生産性に貢献しているという議論が普通に書き込まれていて、隔世の感がある。当時は、にもかかわらず日本社会の国際化のためにはそれではいけない、という論調だった。現在では、集団主義こそが個々人の創造性を奪い経済の停滞をもたらす元凶という主張が一般的だ。

精神分析医としての著者の文章は、職場における日本的な人間関係を分析して、わかりやすく明晰だ。それが時代を隔てても、読むに値するものにしているのだろう。それだけでなく、僕自身が長年職場で不器用に関わってきたものの正体の記録としても、僕には生々しくて目が離せない。