大井川通信

大井川あたりの事ども

佐々木信綱の歌

詩歌を読む読書会で、佐々木信綱(1872-1963)の短歌のアンソロジーを読む。僕が選んだ三首は以下のとおり。

 

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

夜更けたる千駄木の通り声高に左千夫寛かたり啄木黙々と

白雲は空に浮べり谷川の石みな石のおのずからなる

 

一首目は、僕でも聞いたことのある代表歌。ゆったりと大きな情景からズームされて、薬師寺の東塔が現れるだけで、古建築好きにはたまらない。塔のてっぺんの金属製の相輪が指す先にある雲に視線が導かれるのも心地いい。

二首目は、30年前の情景を思い出して作った歌。鴎外主宰の歌会の帰り道、伊藤左千夫与謝野鉄幹(寛)や石川啄木が連れ立つ姿が芝居の一場面のように定着されている。

三首目は、空には白雲、足元には河原の石たちと無造作に対照させつつ、それらがおのずからそうなっているという哲学的把握をひそませる。「石みな石」の響きも良い。

三首からは漏れてしまったが、実景とも思われないイメージの鮮烈さで初めに目を奪われたのは、次の歌。

 

まつしぐら駒走らして縦横に銀の鞭ふる秋風の人